• ホーム
  • 利用案内
  • 資料をさがす
  • Webサービス
  • 調べもの案内
  • 図書館の活動

箕面市立図書館 > 調べもの案内 > 箕面に関するレファレンス事例

ここから本文です。

更新日:2011年8月9日

箕面に関するレファレンス事例

Q1.箕面にあった動物園について知りたい。

Q2.「箕面」という地名の由来が知りたい。

Q3.箕面の特産品「もみじのてんぷら」についての資料が見たい。

Q4.摂津国の地図はありますか?

Q5.松尾芭蕉が箕面に来ているが、どこを訪れたのか、また、句をよんだかどうか知りたい。

Q6.大阪の俳人入江来布(入江新三郎)がよんだ句に「三千の世界は〇〇にけさの〇」というものがあるが、〇の部分がはっきりしないので、正確な文言を知りたい。

Q7.西小路(八幡太神社)と聖天宮西江寺の天狗まつりの由来・起源が知りたい。

Q8.夏目漱石の小説『彼岸過迄』に、箕面の朝日新聞社の倶楽部が登場するが実際にモデルとなった建物は何か?またそれは現在のどのあたりにあったのか?

箕面に関するレファレンス回答

Q1.箕面にあった動物園について知りたい。

A1.

(1)『阪急電車駅めぐり宝塚線の巻』阪急電鉄株式会社総務部広報課 1980年 p52月53日によれば、現在の阪急電鉄の前身「箕面有馬電気軌道(株式会社)」の終点箕面駅に明治43年11月開園、大正5年閉園、とあり。

動物園正面写真などもあり。

(2)『目で見る北摂の100年』郷土出版社 1995 p28月29日によれば、旧園地は現在の箕面観光ホテルのあたり。

動物園は宝塚に移転、とあり。動物園の案内図などあり。

(3)『逸翁自叙伝』小林一三/著阪急電鉄 1979年 p195-198 になぜ閉園となったかについて記述あり。

2001年8月

 

Q2.「箕面」という地名の由来が知りたい。

A2.

(1)『角川日本地名大辞典27 大阪府』角川書店 1983年 p1182に「地名は、山谷にかかる大滝の流水が『箕のおもて』に似ていることによったという(滝安寺文書/箕面市史)」とあり。

(2)『箕面市史本編第1巻』箕面市 1964年 p103 に「滝面は箕に似ているのでその故に箕面寺と号した」とある。

2001年8月

 

Q3.箕面の特産品「もみじのてんぷら」についての資料が見たい。

 A3.
(1)『箕面物語』箕面商工会議所に、由来および販売場所などについて記載あり。  

(2)『アウトドアのすすめ』森田洋子/著 日本教育研究センター 1995年 p15 に作り方あり。

(3)『かんさい味紀行』かもがわ出版 p22月23日に由来や作り方についての記載あり。

2000年3月

 

Q4.摂津国の地図はありますか?

A4.

次の資料が中央図書館2階資料調査室に所蔵あり。

(1)『江戸時代図誌18畿内二』

(2)『摂津名所図会』

1997年9月

 

Q5.松尾芭蕉が箕面に来ているが、どこを訪れたのか、また、句をよんだかどうか知りたい。

 A5.  

貞享4年『笈の小文』の旅で、箕面滝、勝尾寺を訪れる。その場ではよまず、江戸にて山口素堂との連句の中で「箕面の滝や玉を簸(ひる)らん」の句を残す。

 

(1)『日本古典文学全集41松尾芭蕉集』小学館 内「笈の小文」p322 に「箕面の滝勝尾寺を越る道に有。」とあるが、句は詠まれていない。p327 に旅順路図あり。

(2)『日本古典文学大系46 芭蕉文集』p59 にも(1)と同様の記載あり。p365 書簡の中にも「勝尾寺ノ山」との文言あり。

(3)『校本松尾芭蕉全集第5巻連句篇(下)』p31(大阪府立図書館所蔵)に、元禄5年「破風口に・・・」で始まる連歌の中で22番目にあり。

1997年4月

 

Q6.大阪の俳人入江来布(入江新三郎)がよんだ句に「三千の世界は〇〇にけさの〇」というものがあるが、〇の部分がはっきりしないので、正確な文言を知りたい。箕面市西江寺にこの句碑があるが、はっきり読み取れない。

A6.

雑誌『大阪春秋』の索引に「入江来布」の項目があり、所蔵しているvol.78とvol.80については本文を確認したが、句自体は載っていない。それより前の号の掲載部分(p29,vol.17p135,vol.25p16,vol.37p126,vol.42p33) は所蔵していないため、大阪府立図書館に依頼し見てもらう。

『大阪春秋』 vol.17 p135「箕面西江寺の虫供養と来布句碑」の記事では、「三千の世界は須臾にけさの秋」、vol.42 p33「虫供養」の記事にも来布句碑が紹介されていて(句碑の拓本あり)、「三千の世界は須臾(しゅゆ)にけさの秋(あき)」となっている。

vol.37 p126で紹介されている句碑の拓本にも、「三千の世界は須臾にけさの秋」とあるが、”秋”の文字は異体字で翻刻されていて、「のぎへん」と「つくり」が左右入れ替わっている。

 

2005年8月

 

 

Q7.西小路(八幡太神社)と聖天宮西江寺の天狗まつりの由来・起源が知りたい。

 A7.

(1)『箕面市文化財総合調査報告書2旧箕面地区・旧止々呂美地区』p16月17日に八幡太神社の天狗祭の項目があり、起源・内容について記載あり。

(2)同p37月3日に聖天宮の天狗祭りについての項目があり、由来の推測と内容についての記載あり、写真もあり。
『わたしたちのふるさとNo.4みのお歳時記』p22に天狗祭りについての紹介あり。ただ、起源がいつかということについては明記された資料がない。

→起源については明記された資料がないため、聖天宮西江寺に直接問い合わせたところ「口伝で伝わっており、開始時期を明記した資料はない」とのこと。住職によると「奈良時代に今のまつりの原型ができ、江戸時代に現在に似た形式の風習となったのではないか」とのこと。

 

2004年2月

 

 

Q8.夏目漱石の小説『彼岸過迄』に、箕面の朝日新聞社の倶楽部が登場するが実際にモデルとなった建物は何か?またそれは現在のどのあたりにあったのか?

A8.

(1)『彼岸過迄』岩波文庫p312-p313に‥今日朝日新聞にいる友人を尋ねたら、その友人が箕面という 紅葉の名所へ案内してくれました。(略)友人は僕を休ませるために社の倶楽部とかいう二階建の建物 の中へ案内しました。‥の記述あり。
上記書解説p343によれば、『彼岸過迄』は明治45年1月から4月29日に東京朝日新聞に連載とある。
また『漱石研究年表』荒正人/著集英社p689によれば明治44年8月12日(土曜)に漱石が箕面を訪問 したことが記録されており、朝日閣で昼食をとり、近くの秋琴楼と言う料理屋で小説の取材を行っている。
さらに『大阪府史跡名勝天然記念物調査報告2』箕面山内茶店変遷図によれば明治34年4月に朝日倶楽部が許可されたとある。(旧名秋錦楼)近くには琴の屋などもあり漱石が連載前に箕面を訪れこの朝日倶楽部を小説のモデルとしたと考えられる。

 (2)朝日倶楽部の現在の推定場所については、前掲書『大阪府史跡名勝天然記念物調査報告2』により、 旧名が秋錦楼となっており、『攝洲箕面山瀧安寺全図』瀧安寺に大正時代に秋錦楼が存在した場所 が記されている。現場を訪れ現在の瀧安寺霊園近くの丘に当時建物の残石や石段らしきものがある 場所を確認した。  

2006年1月

 一般的なレファレンス事例のページへ  

お問い合わせ

所属課室:子ども未来創造局中央図書館 

箕面市箕面5-11-23

電話番号:072-722-4580

ファックス番号:072-724-9697

より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください

質問:このページの内容は分かりやすかったですか?

質問:このページの内容は参考になりましたか?

質問:このページは見つけやすかったですか?

ページの先頭へ戻る