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箕面市立第三中学校 > 校長あいさつ

更新日:2017年4月10日

  校長あいさつ

  校長写真生徒のみなさん、保護者のみなさま、地域のみなさま、はじめまして。

このたび、箕面市教育委員会こども未来創造局から、箕面三中第15代校長として着任しました主原照昌(すはらてるまさ)です。

平成25年3月31日までは、箕面六中の校長を務めていましたので、校長としては2校めになります。

 

私には、まず三中を自主活動の活発な学校にしたいという思いがあります。

いじめZERO三中には素晴らしい取り組みがいくつかあります。そのうちの一つは生徒会による「いじめZERO」の取り組みです。これは、いじめの問題を「いじめる」と「いじめられる」という当事者間だけでなく、クラスや集団の問題として、子どもたちがとらえなおし、解決をはかっていこうとする自治活動です。

 

また、このような自治活動は、生徒が自分たちの学校環境を充実させるとともに、仲間を助けることで、つながりや支えあいを生み出し、集団の連帯感が高めていきます。

この「いじめZERO」の活動を象徴する言葉が、「信頼・友情・感謝を大切に 今日も輝け 箕面三中」の「三中スローガン」です。このスローガンは、生徒たちが作ったものと聞いています。このような素晴らしい取り組みを継承・発展させていきたいと考えています。

次に、私は、三中の生徒たちがチャレンジする人になってほしいという願いをもっています。

変化の激しいいまの時代、現状を維持しようとしても、まわりは変化しているのだから、実質は後退していくことになります。ですから、未経験なことに、どんどんチャレンジして、失敗から学んでいくことが子どもたちに強く望まれます。

思春期の子どもは、可能性をたくさん内在させている反面、未熟な面ももち合せています。だから失敗をするのであり、たくさん失敗して、新しいことを獲得していくのです。

たくましく自立していく大人への道すじの通過点が、箕面三中であればいいのではないかと思います。そのような学校づくりに励んでいきたいと思います。みなさんからのご支援をいただけましたら幸いです。どうかよろしくお願いいたします。

平成27年(2015年) 4月8日 箕面市立第三中学校 校長 主原照昌

<平成29年(2017年)4月10日>

第45回入学式校長式辞

新入生のみなさん、入学おめでとうございます。みなさんは箕面三中の第46期生として、本日の入学式を迎えました。三中の教職員・在校生がみなさんの入学を楽しみに待っていました。3年間をかけ、毎日の授業で学びを深め、クラスでは友達関係を強くして、豊かな人間関係を広げていきましょう。

 

保護者の皆様、まずもって私からお伝えしたいことは、お子さまを今日まで育て上げてこられたご苦労に対して、最大の敬意とねぎらいの気持ちを伝えたいということです。

いまの時代、子育ては容易なことではありません。お子さまを12歳まで育てることは、楽しみや喜びのある反面、悩まれ、ご苦労されたこともあったことでしょう。12年間たいへんだったことでしょう。だからこそ、ご入学ほんとうにおめでとうございます。今日から3年間、第三中学校の教職員一同、全力を挙げてお子さまの成長を支援していきます。

 

ご来賓のみなさまには、本日お忙しい中、たくさんの方々にご臨席いただきました。また、箕面市教育委員会石橋教育監さまがお越しです。まことにありがとうございます。心よりお礼申しあげます。今後とも、本校生徒のために温かいお力添えをお願い致します。

 

さて、新入生のみなさん、4月は桜の季節です。作家の重松清さんの小説に『さくら地蔵』があります。少しあらすじを紹介します。

3月中旬の頃です。ある町で今度、学校に入学する美奈ちゃんがお母さんといっしょに通学する道を歩いていました。道ばたに小さなお地蔵さまを見つけました。親子はお地蔵さまに近づきました。驚きました。そのお地蔵さまの足元には桜の花びらが敷き詰められていました。

お地蔵さまは「さくら地蔵」と呼ばれていました。30年ほど前からその町にありました。毎年春になると、お地蔵さまは桜の花びらで飾られるのでした。

じつは、このお地蔵さまを建てたのはナベさんという人でした。彼は長距離トラックの運転手でした。30十年前、ナベさんは、この場所で長男の隆太君を交通事故でなくしました。小学校入学の直前でした。毎年、春になると、ナベさんはお地蔵さまに桜の花びらをそなえました。

いつしか長距離トラックのドライバーの間では、桜の花びらをお地蔵さまにお供えすると交通事故に遭わないと信じられるようになりました。桜の花びらがまるで座布団のようにお地蔵さまの足元に敷き詰められるようになったのでした。運転手たちは、桜の季節になると仕事先で桜の花びらを拾い、持って帰ってきました。そして、さくら地蔵におそなえをしたのでした。

さて、今年はナベさんにとって特別でした、ナベさんは、自分の一人娘が出産をしたという報告をさくら地蔵にしようと立ち寄りました。「航太、お前の甥っ子が生まれたよ。守ってやってくれな」

そのときです。ちょうど美奈ちゃんがお地蔵さまのところへやってきました。筆箱に桜の花びらがぎっしり入っていました。美奈ちゃんは、桜の花びらをお地蔵さまの足元に敷きつめました。彼女は「毎日学校の帰り道にお地蔵さまにあいさつをしているの」。こうナベさんに伝えました。

sakuraそれを聞いたナベさんは涙を堪えてつぶやきました。

「隆太、よかったなあ」

 

新入生のみなさん、三中ではいま桜はちょうど満開を迎えています。桜には私たちを元気にしてくれる不思議な力があるようです。

 

岩手県の岩泉町いわいずみちょう は、2011年の東北大地震で津波にのみこまれました。ある学校の校庭のさくらの木も津波をかぶりました。痛々しい枝振りになりました。しかし、根はしっかり張っており、満開の花をふたたび咲かすことができました。そのときに詠まれた五七五の俳句があります。

「満開の 桜に明日を 疑わず」

この句を避難所で聴いた80歳を過ぎているおばあちゃんはつぶやきました。「私はこの歳になって、津波ですべてを失いました。一時は絶望の淵にいました。でも、この一句で急に希望の光がさしました。

 

そうなのです。今日、入学してきたみなさん。みなさんは、希望の花に見守られて三中の門をくぐってきたのです。入学おめでとう。私は信じています。みなさんが、たとえ難しいことに出会っても、くじけない人になることを。三年間の中学生活が、今日の満開の桜のごとく充実したものとなるように、みなさんの成長を心から祈っています。

 

以上をもちまして、第45回入学式の式辞とさせていただきます。

平成29年(2017年)4月10日

                      箕面市立第三中学校 校長 主原 照昌

(参考書籍:『すごい人たち』(水谷もりひと著 ごま書房新社)) 


 

<第43回卒業式校長式辞(2017.3.14)>

 

卒業壁画2017ことのほか厳しかった冬の寒さがようやくゆるみ、箕面の野山も、少しずつ明るい色に染まりだしました。ここ瀬川の地でも、校庭の木々が芽吹く瞬間をいまか、いまかと待ち望んでいます。春の風が心地よく頬を打つこのよき日に、第43期生182名が、箕面三中を巣立っていく時がやってきました。

卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。「しっかりと歩んでいってください」と、一人ひとりに思いを込めて、さきほど卒業証書をお渡ししました。

ご来賓のみなさま、本日はお忙しいところ、中享子箕面市教育委員様をはじめ、たくさんのみなさま、地域の方々が、早朝よりお越しいただきました。卒業生の晴れの門出を祝うため、駆けつけてくださいまして、まことにありがとうございます。心よりお礼申しあげます。

保護者の皆様、お子さまたちにとっては、思春期まっただ中の、心が揺れる三年間でした。ですから、子育てについて、喜びも多かった反面、悩まれたこともあったでしょう。しかし、今このように、豊かに、大きく、成長されたお子様の姿の後には、子育てのご苦労とご努力が鮮やかに色づいています。きっと万感の思いでおられることと存じます。私からみなさんに最大のねぎらいと敬意を払います。お疲れさまでした。そして、お子さまのご卒業おめでとうございます。

 

 

さて、卒業生のみなさん、卒業するときにふさわしく、ぴったりとくる言葉は何でしょうか。おそらく、多くの人は、「笑顔」、「未来」、「輝き」、「希望」、「光」などを思いつくのではないでしょうか。

 

では、それらの言葉の中から、「光」をとりあげて考えてみます。

「光」と対立するのは「影」です。ところが、私たちはどちらかというと「影」というものを嫌います。光はありがたい、明るいものである。影は暗くて嫌なものである。たしかに、光を求めるということは、言葉を替えれば「希望を求める」ということにつながります。そして、人間には、希望とか目標がなければ生きていけないという、心の自然な働きもあります。

作家の五木寛之さんは、『生かされる命を見つめて』という本の中で、次のように書いておられます。

「私たちは光のほうだけを見つめることによって、光を実感できるわけではない。肩を落とし、背中を丸めて、足元を見る。すると、足元に黒い、くっきりとした影が伸びている。その影がくっきりと黒ければ黒いほど、背中から自分を照らしてくれている、確実な光があることを感じ取ることができるのだ。

明るい面に目をやるだけでなく、暗いところをのぞきこむ。そのことによって光明を感じるのである。光明というのは、ただの光ではなく、そこには喜びの感動がある。真っ暗な中に差し込む一筋の光を見たとき、人は本当の希望を見出すのだ。」

 

このことから、私は、人間には光と影の両方が必要なのだと、考えるのです。

また、喜名昌吉さんの作品に「花」という曲があります。「泣きなさい、笑いなさい」と繰り返します。「泣きなさい、泣きなさい」でもなく、「笑いなさい、笑いなさい」でもないのです。人が生きていくには、泣くということと、笑うということ、この両方が大切であると言っているのです。

そこで、卒業生のみなさん、三年間をふりかえってみてください。さまざまなことがあったのではないでしょうか。楽しかった学校行事、文化祭、体育祭、修学旅行などがありました。また教室での、友だちとのたわいもない会話などもキラキラと輝いています。このように、仲間と過ごした楽しかった日々は「光」です。

 

その一方で、みなさんには、学習や部活でうまく成績が残せないことがあった。友だち関係で悩み続けたこともあった。学校に行こうとしても、登校できなかった。自分のクラスに居場所が見つかりにくかった。辛くて、苦しくて、悔しくて、涙を流した日もあった。それらの体験は、あなたにとっての「影」かもしれません。

 

しかし、悩み・迷い・悔しさをくぐり抜け、いまここにあなたは存在している、そして卒業という門出を迎えている。このこと自体が、本当に意味のあることだと、私はつくづく思います。なぜなら影の濃さを知った人ほど、光のありがたさを知ることができるからです。もし、今、一歩踏み出す勇気がなくても大丈夫です。前さえ向いていればあと戻りはしないのです。後ろには、あなたを見守ってくれる人がいます。中学時代の体験が、あなたを後押ししてくれるのです。

 

締めくくりとして、印象に残る言葉にまとめて、みなさんに伝えます。

人生は、光と影で満たされる」「人生は、光と影で満たされる」。

この言葉を、私からみなさんへの、最後の、はなむけの言葉として送ります。

 

さあ、卒業生のみなさん、三中はいま、風船の糸をはずします。風船は、糸がはずれたら自立への旅が始まります。みなさん一人ひとりがゆったりと、大空を旅するような、前途ある未来を心より祈っています。

 

以上をもちまして、卒業式の校長式辞とさせていただきます。

平成29年(2017年)3月14日 

箕面市立第三中学校 校長 主原 照昌

 


<H28(2016).9.5 避難訓練校長講話>

 「もう一度やってみよう~震災はずっと今も続いている~」

避難訓練16.9.5  

「人間の心は変化する」

この言葉は、桑山紀彦さんという人が言ったものです。桑山さんは、宮城県で病院を開業しています。彼は自分が絶望のどん底を味わってみて、「人間の心はプラスに変化する」ことに気がつきました。

2011年3月11日、桑山さんは埼玉県にいました。大きな揺れで、仕事を切り上げ宮城まで帰ろうとしました。病院のスタッフと連絡が取れない。いやな予感がしました。

あちらこちらの道路が寸断されていました。東北が近づくにつれ、風景がどんどんひどくなってきました。運転しながら涙が止まらなくなりました。裏道を走り、9時間かかり、深夜1時過ぎに病院へたどり着きました。

病院は床が水浸しになっていました。それを見て津波が来たことを知りました。近所の病院は3軒が倒壊、1件は水没、桑山さんの病院だけが奇跡的に残っていました。

次の日、晴れ渡る青空のもとで、桑山さんは思いました。「もうだめだ。30年間の病院のローンはどうしよう。未来はもうない。すべて終わった」と。

水も電気もない中、午前9時、いつものように病院を開けました。病院のスタッフの「院長、病院を続けましょう」という声に押されたのでした。

そのとき、近所の人が押し寄せてきました。みんなずぶ濡れでした。「病院が開いていてよかった」という声が聞こえました。

桑山さんは次のように感じました。

 「病院を開けてよかった。これが病院の役割だ。やれるところまでやってみよう」

その瞬間、病院をやっていけるかどうかの不安が吹っ飛びました。

その時のことをふり返って、桑山さんは言っています。「あのときの心の逆転劇はすごかった」

その桑山さんが、出会った人に次のような人がいました。

 

ある漁師は、一大決心をして父親の跡を継ぎました。しかし、譲り受けた船は山のほうに流され、大きな穴があいていました。

「海に裏切られた。もう漁に出る気もしない」と言っていました。でも数か月後には「船を修理して、もう一度海に出ようか」と思うようになりました。 

自分のお店と婚約者を同時になくした男性がいました。彼は、7月になって瓦礫の中から彼女にもらった腕時計を見つけました。腕時計は瓦礫の中で動いていたのです。 「天国に逝った彼女からまたプレゼントしてもらった気がします。もう一度店をやろうと思います」

このような話を桑山さんは聞きました。彼は言います。

「東北では、もう一度やってみようという復活のドラマがゆっくりと始まっています」。

みなさん、絶望の淵に立っていたとしても、人間の心は希望へ向いて変化するのです。振り子が絶望に向かってふれていても、とつぜん止まり、希望に向かってふれることがあるのです。それもこれも、「命があればこそ」です。命さえあれば、やり直しはできます。

災害が起こっても、うまく避難して、どうか自分の命、人の命を守っていく中学生であってほしいと思います。

(この講話は、『いまつたえたい!子どもの心を揺るがす‘すごい’人たち』(水谷もりひと著)を参考に、一部引用をして作成しました)

 

 


 

<H28(2016)8.26 2学期始業式校長講話>

「多様性を認めたリオ五輪」

夏休み中の話題といえば、リオ五輪でした。高校野球もイチローの3000本安打もかすんでしまうほど、テレビはオリンピックのニュースでもちきりでした。なので、始業式でもやはり、リオ五輪をふりかえっておきたいと思います。

レスリング、柔道、競泳、シンクロ、体操、卓球、バドミントン、テニスなどで、日本選手は大活躍でした。

その陰であまり注目されてはいませんでしたが、フェンシングのことを今日はまず取りあげたいと思います。フェンシングでアメリカを銅メダルに導いた選手は、黒人女性イブティハジ・ムハンマドでした。

彼女はイスラム教徒で、髪の毛をヒジャブで覆っていました。2014年のバスケットボール女子アジア大会で、ヒジャブをとって試合をするように大会の運営側は求めました。そこで西アジアのカタールの選手は試合を放棄しました。

しかし、今回のリオ大会では、国際オリンピック委員会はヒジャブをつけてフェンシングに出場することを認めました。ムハンマド選手は銅メダルを取った喜びとオリンピックでヒジャブを着用できたことで、喜びが倍になりました。「こんな経験は初めて。私はけっしてリオ大会を忘れることができないでしょう」と彼女は言っていました。

20162学期始業式また、今回のリオ大会では、「難民五輪選手団」がつくられました。難民は国籍が定まらないので、今まではオリンピックに出られませんでした。たとえばトルコと隣接するシリアでは、内戦が続いています。そのシリアからエーゲ海を泳いで脱出した女子競泳選手ユスラ・マルディニは、自分が世界中で増えている難民の希望の星になる決意で女子100m自由形に出場しました。

彼女は「難民だってオリンピックに出ることができる。私が言えるのは『あきらめてはいけない』ということ」と語りました。

このように、今回のリオ五輪は性別・人種・国籍・宗教・貧富に関係なく、共通のスポーツのルールで、世界中の選手が技を競い合ったのでした。つまり今回のリオ大会は、多様性を認めあうオリンピック大会だったのです。

イギリスのホッケー女子では同性婚カップルが活躍しました。体操では韓国と北朝鮮の女子選手がスマホでなかよく「自撮り」をしていました。

いろいろな文化、考え方、価値観が広がる中で、おたがいを認めあい、受けいれる気持ちや態度が今後、私たちにもますます求められることになります。

閉会式では、国際オリンピック委員会の会長のスピーチが印象的でした。

「多様性は値段をつけることができない財産であることを、リオ五輪は証明してくれた」。

今回のリオ五輪を短く表す言葉は「認めあいと競いあい」だったと、私は思います。閉会式では、雨に濡れながらも、各国の選手たちが、全力を尽くした満足感で入り交じっていたのがたいへん印象的でした。 

 


  <H28(2016).7.20 1学期終業式校長講話>

        「宝物はどこにある 欠点は財産」

20161終業式

 

 

先日、1年生が国語の時間に、「わたしの宝物」というスピーチをやっていました。自分の宝物である実物をクラスのみんなに見せて、それを紹介するスピーチでした。これで、友だちの知らなかった一面がわかり、みんなが興味深く聞いていました。

 

 さて、今日は「宝物」についてアメリカで実際にあった話を紹介しましょう。

牧場を経営していたある一家がありました。経営に行き詰まり、考えた末に、牧場を手放すことにしました。土地や家畜を人手にわたし、ほかの土地に引っ越ししていきました。

その後、その牧場を買い取った人はどうなったでしょうか。ある日、牧場の中を流れる川を見ていたときのことです。なんだか川底にキラキラと光るものを見つけました。調べてみると、これがなんと砂金でした。驚いたことに、この牧場の地下には、大きな金脈が眠っていたのでした。

 

次は、1860年の同じアメリカでの話です。アメリカのマサチューセッツ州にミルトン・ブラッドリーという名前の若者がいました。彼の家は印刷屋さんでした。しかし彼が大人になったときにはもう印刷屋をやめていて、家には古い印刷機が残されていただけでした。もう捨てる以外にはないような古~い印刷機でした。

でも、このブラッドリーさんは、なかなかのアイデアマンでした。なんとかこの印刷機を利用できないかと考えました。友だちがちょっとしたアドバイスをしました。「ゲームを印刷して売ったらどう?」

ブラッドリーさんは、この言葉をヒントにして、一つのゲームを考えました。そして古い印刷機を使って印刷を始めました。彼が世の中に送り出したゲームは、思わぬヒットとなりました。

そのゲームの名前。それは・・・

「人生ゲーム」

そうです。アメリカだけでなく、世界中で大ヒットすることになる、あの「人生ゲーム」は、当時、25歳だったブラッドリーさんが考え出したものだったのです。ちなみに、「人生ゲーム」は日本だけでも1000万個以上売れているそうです。

 

さて、牧場を手放してしまった一家と、「人生ゲーム」を発明したブラッドリーさんの違いは何だったのでしょうか。

それは「もっていること」に気がついていたか、気がついていなかったかということでないでしょうか。「経営が苦しくなった」という理由で、あっさりと牧場を手放してしまった人。一方のブラッドリーさんは、古い印刷機を自分の唯一の財産として、何とか生かす方法を考えてトライしました。

 

個人の「才能」や「強み」も同じです。Panasonicをつくった松下幸之助さんも自分が成功した理由を次のように述べています。

「わたしは学歴もなく、体も弱く、家が貧乏だったこと」

学歴がないから人の意見に耳を傾けることができた。体が弱かったから、人に任せることができた。貧乏だったから、一生懸命に働く気になり、少ない給料にも感謝できた、と聞けば納得がいきます。

 

「自分には何のとりえもない」といっているあなた。

本当はもうもっているはずです。もしかして、あなたしかもっていない「才能」を「欠点」だと勘違いしていませんか。

私は引っ込み思案だという人。それは慎重深いという長所だと考えられます。

私は、おっちょこちょいでよく間違うという人。それは行動力があるという長所になります。

このように考えると、人には「短所」なんてないのかもしれません。あるのは「長所」と「一見短所に見える長所」の二つだけなのかもしれません。

 

いや、それでもわたしには短所があるという人。「私って短所だらけや」という人。でもそれは、「少し短い長所」と書いて「短所」と読むのです。

言い直すと、みなさん一人ひとりにあるのは、「長所」と「一見短所に見える長所」と「少し短い長所」。この三つだけなのです。

「欠点を直すこと。それはよい部分が失われることでもある」(落合博満)

2学期は、みなさん一人ひとりが学校生活で長所を伸ばすようにしてくれることを期待しています。


<H28(2016).6.17 朝礼講話>  

 「いのちをいただく」

 16.6.17朝礼「いのちをいただく」という絵本があります。(絵本を見せる)

その絵本には食肉加工センターに勤める坂本さんという人が登場します。

坂本さんの職場では毎日毎日たくさんの牛が殺され、その肉は市場やスーパーに出されています。

 牛を殺すとき、牛と目が合います。つらいので、そのたびに坂本さんは、「いつかこの仕事をやめよう」と思っていました。

 ある日の夕方、牛を荷台に乗せた1台のトラックがやってきました。

「明日の牛か・・・」と坂本さんは思いました。

しかし、いつまでたっても荷台から牛が降りてきません。坂本さんは不思議に思い、覗きに行きました。

すると、10歳くらいの女の子が、牛のお腹をさすりながら何か話しかけています。その声が聞こえてきました。

「みいちゃん、ごめんねぇ。みいちゃん、ごめんねぇ。・・・」

 坂本さんは思いました。「見なきゃよかった」。そのとき、女の子のおじいちゃんが、坂本さんのところに来て頭をさげました。

 「みいちゃんはこの孫と一緒に育てました。だけん、ずっとうちに置いておくつもりでした。ばってん、みいちゃんば売らんと、年が超せんとです。この子にクリスマスプレゼントも、お年玉もあげれんとです。明日はよろしくお願いします。」

 「もうできん。もうこの仕事はやめよう」と思った坂本さんは、明日の仕事を休むことにしました。

坂本さんは、家に帰ってから、今日の話を小学生の息子のしのぶ君に話しました。しのぶ君はじっと聞いていました。

 いっしょにお風呂に入ったとき、しのぶ君は父親に言いました。

「やっぱりお父さんがしてやってよ。心のなか人がしたら牛が苦しむけん」

しかし坂本さんは休むと決めていました。

次の日、学校に行く前に、しのぶ君はもう一度言いました。

「お父さん、今日は行かなあかんよ」「わかったね?」

坂本さんの心が揺れました。そしてしぶしぶ仕事場へ行きました。

 牛舎に入りました。ほかの牛と同じように、みいちゃんも角を下げて坂本さんを威嚇します。

「みいちゃん、ごめんよう。みいちゃんが肉にならんとみんなが困るけん。ごめんよう」と言うと、みいちゃんは坂本さんに首をこすりつけてきました。

殺すとき、動いて急所が外れると牛は苦しみます。坂本さんが「じっとしとけよ、じっとしとけよ」というと、みいちゃんはちょっとも動きませんでした。

次の瞬間、みいちゃんの目から大きな涙がこぼれ落ちました。牛の涙を坂本さんは、はじめて見ました。

坂本さんは、みいちゃんのみけんにショック銃をあてがい、引き金を引きました。みいちゃんは、崩れるように倒れました。

 

数日後、女の子のおじいちゃんが、坂本さんのところへやってきて、しみじみと言いました。「坂本さん、ありがとうございました。きのう、あの肉ば少しもらって帰って、家族で食べました。孫は泣いて食べませんでしたが、『みいちゃんのおかげで、みんなが暮らせるとぞ。食べてやれ。』っていうたら、孫は泣きながら『みいちゃん、いただきます』『おいしかぁ、おいしかぁ』ていうて、食べました。ありがとうございました」

坂本さんはみいちゃんをかわいいと思いました。そしておれの仕事は、牛が少しでも苦しまず天国へ行かせることかと思ったのです。坂本さんは、もう少しこの仕事を続けようと思いました。

 

さて、みなさん、なぜしのぶ君は「きょうはいかなあかんよ」とおとうさんに強く念押しできたのでしょうか。

それは、「おとうさんの仕事はすごか」と思っていたからです。この話の前、しのぶ君の学校では、社会科の授業参観がありました。「いろんな仕事」という授業で、みんなが自分のおうちの人の仕事を発表していくものでした。しのぶ君は参観授業では、お父さんの仕事を、「肉屋です。普通の肉屋です」とだけ言いました。

でも本当は、「カッコわるかもん。血のいっぱいついてから、カッコわるかもん」と思っていたので、しのぶ君は父が牛を殺している(=解く)と言いたくなかったのです。

それを知った担任の先生は、あとでしのぶ君に言いました。「坂本、お父さんが仕事ばせんと、先生も、坂本も、校長先生も、肉ば食べられんとぞ。すごか仕事ぞ」

このこと以来、しのぶ君は「お父さんの仕事はすごかとやね」と思うようになったのでした。

 

私たちはふつう、奪われた命の意味も考えず、肉を食べています。自分で直接手を汚すこともなく、坂本さんのような牛の解体業の人の悲しみや苦しみも知らず、肉を食べています。

だから、せめてご飯を食べるときには、感謝が必要なのではないでしょうか。「いただきます」は、「命をいただきます」。「ごちそうさま」は「おいしかったです。ごちそうさま」なのです。「いただきます」「ごちそうさま」を言うことで、人間のために犠牲になった牛の気持ち、そして酪農家が心を込めて育てた牛を毎日解体している人の心に、みなさんの感謝の思いは届くのではないでしょうか。

(本文は、内田美智子さん作の絵本『いのちをいただく』(講談社発行)を、読み聞かせで全校生徒に話した内容です)

 


 

<H28(2016).6.12 修学旅行朝のあいさつ>

 

修学旅行あいさつみなさん、おはようございます。朝早くからご苦労さまです。

やっと修学旅行の当日がやってきました。元気に、けがのないよう、楽しく二泊三日を過ごしていきましょう。

 

 さて、アメリカのオバマ大統領が、5月27日の広島訪問でスピーチをしました。そこで言っていた言葉があります。

それは、Why do we come to this place, to Hiroshima? =つまり、「なぜ私たちは広島へ来るのだろうか」という問いでした。

 そこで、私は次のように言い換えます。Why do we come to this place, to Okinawa? つまり「なぜ私たちは広島へ来るのだろうか」です。

平和を学習するため

美しい海を満喫するため

沖縄の文化を知るため

豊かな食文化に触れるため

沖縄の人情を感じるため

友だち関係を深めるため

 このように一人ひとりさまざまな目的をもって修学旅行に取り組んでください。何のために沖縄へ行くのかを考える。それが一点目の私からの願いです。

 

次に、二点目です。沖縄を好きになって帰ってくださいということです。じつは20年前、私が学年主任をしていた3年生で、箕面市の中学校では初めて沖縄へ修学旅行に行きました。今年で20年目になります。箕面市ではなぜ、20年も続いたのか。それは、たぶん沖縄は「また、行きたい」と思える島だからだと思います。だから、箕面三中のみなさんも、沖縄の「リピーター」になることを目標にしてください。これは沖縄の光の部分です。

しかし、光があるということは、影もあるということです。沖縄は国内で唯一地上戦が行われ何万人もの尊い命が失われた島であり、いまも基地問題を抱えています。沖縄戦の過去の部分と基地問題という現在の部分も、大切な要点だけで結構ですから、学んでください。  そして光と影を知ったうえで、沖縄を好きになってください。

みなさんの人生で思い出に残る修学旅行になることを願っています。

 


                        <H28(2016).6.3 第1回進路説明会あいさつ>

進路説明会保護者のみなさまには、本日はお忙しい中にもかかわらず、多数のご参加をいただいております。ありがとうございます。

さて、最近の生徒の様子から、進路を決めていくまでに大切だと思うことを、私の経験を踏まえてお伝えします。今の子どもたちは、未経験なことにはチャレンジを避ける傾向にあるということは、私たちが十分意識しておかなければなりません。

そこで、私は一つの言葉を取り上げます。それは、「ドアの前で考えない」です。ドアの前で入ろうか、入らずにおこうかと躊躇する必要はないという意味です。言い換えると進路を決めていくには、生徒の積極性が大切だとお伝えしたいのです。高校の体験入学やオープンスクール、学校見学会がこれからどんどん開催されます。積極的に参加してほしい、実際に自分で高校へ行き、自分の目で見て、確かめてほしいと思います。

行きたい高校を決めてから体験入学会やオープンスクールに参加するのではなく、体験してから行きたい高校を決めればいいというのが、基本的な考え方です。もう一つ言葉を添えておきます。「動き出せば景色が変わる」。

昨年度も、3年生に受験前の面接練習をしました。私からの「なぜ受験しようと思いましたか」という模擬面接官である私の質問に対して、「オープンスクールに参加し、先生が本当に親身に説明してくれました。クラブ活動では先輩がていねいに話をしてくれました。いい高校だなと思って決めました」と答える子が多くいます。

どうか、保護者のみなさまは、体験入学会などに参加するように強くすすめてください。また保護者と生徒対象の説明会もあります。保護者の方も積極的にご参加くださいますようお願いします。

なお、お子さんにとっては、はじめての受験となる子もいると思います。不安になる場合も多いと思います。進路指導については、最終的には子ども自身が気持ちに折り合いをつけ、納得いく進路決定をしていけることが一番望ましい状態だと考えます。

まだ14歳・15歳の子どもたちです。目の前に立ちはだかる大きな壁を前にして、立ちすくんでいる子もいるかもしれません。そのようなとき子どもの背中をポンと押してください。その力添えで、子どもは壁を乗り越えていこうとするのです。どうかよろしくお願いします。本日はどうもご苦労様です。以上をもちまして、私からのごあいさつとさせていただきます。


<H28(2016).5.13 朝礼校長講話>

 

chihaya「千早ふる 神代も聞かず 竜田川 韓紅に 水くくるとは」

 

この歌は在原業平が詠んだものです。訳はつぎのとおりです。「不思議なことが多かったという神の時代でも、こんなことは聞いたことがない。竜田川の水を、紅葉(もみじ)の葉が紅(くれない)に染めているなんて。」 

さて、みなさん、私はゴールデンウイークの間に、映画「ちはやふる 下の句」を観ました。上の句も以前に観ています。

「ちはやふる」は、映画での解説によると、例えば、こまが速くまわり、まるで止まっているような状態をいうとのことです。 

それに対し、「荒振(あらぶ)る」とは、こまが雑にまわり、不安定な状態という意味です。こまはいつ止まるかわからないそうです。

千早振るこまの回転は、止まっているように見えても、その回転は猛烈に回っており、まわりのどこからでも触れれば、触れたものがはじきかえされる力強さを持っています。

また、千早振る状態は、中心軸が周囲へ向かってエネルギーを放ちながらも、中心に向かってまわりを吸収する力も兼ね備えているとのことです。

つまり「ちはやふる」は動いていながらエネルギーを発しながらも 、まわりのエネルギーを吸収もする。このようなぶれない軸をもつことが本当に大切なのです。

 

さて、次はサッカーの話です。この前、イギリスのサッカーリーグのプレミアリーグでレスターというチームが、チーム創設132年目にしてはじめて優勝という快挙をあげました。

ずっと最下位でプレミアリーグに残ることも危うかったチームが、優勝したのです。

このチームが何で優勝できたのか。みなさん、なんでだと思いますか。それは、レスターというチームには、苦労しながらもずっと強い意志をもち、それを失わずに闘った選手が多かったからというのが一つの理由です。

強い意志とは自分の「よさ」や自分の武器について、誰もが自信をもっていたということです。

このことを思った時、私には「ちはやふる」とレスターがつながりました。どちらもぶれない軸をもっていたということなんです。

そこで、みなさんにもぶれない軸で強い意志をもち、中学校生活を送ってほしいと思います。 

たとえば、「人としてこれだけは絶対大切なこと」「人としてこれだけは絶対やってはいけないこと」をもっていることも軸になります。自分の利益のためには、人はどうなってもいいようなことはしない。こう決めていれば、ぶれない軸になります。以前にも言いました。「四つ葉のクローバーを探すために、三つ葉のクローバーを踏みつけるのが平気であってはならない。幸せはそのようにして探すものではない」

このように信念というぶれない軸をもっていることが大切なのです。今日言いたいことの1点目です。 

さて、ふたたび「ちはやふる」に戻します。

映画の主人公・綾瀬千早(=広瀬すず)は、ちはやふる勢いで、瑞沢高校かるた部のメンバーとして、かるた(百人一首)の大会の個人戦でかるたクイーンと対戦します。

若宮詩暢(しのぶ)は松岡茉優(まゆ)が演じる最強のかるたクイーンで、「団体戦は、みんなでチャラチャラしているだけ。かるたが好きでない者がするもの。ほんとうにかるたを極める者は個人戦にしか出ない」と言い放ちます。

 千早は詩暢と対戦し、苦戦します。詩暢は圧倒的な速さでかるたの札をとっていきます。千早にはつけいるスキが見つからないと思いました。しかし、千早には、彼女を応援する瑞沢高校かるた部の仲間がいます。かるたから目を話すと、微笑みながら応援している4人の仲間が見えました。仲間に支えられ、励まされ、カッと目を見開いた千早は、かるたクイーンに果敢に挑んでいきました。

学校の教師である私には、やはり仲間の大切さを実感していますので、クイーンの生き方よりも、綾瀬千早の態度に共感しました。

やはり仲間って大切なんです。仲間がいれば、困難なことにもチャレンジできるのです。これが、今日言いたいことの2点目です。

 みなさん、①ぶれない軸をもつこと、②仲間って強い味方になることを忘れないでください。


<H28(2016).4.8 1学期始業式 校長講話>

 みなさんにいきなり質問です。理科に関係する質問です。

「雪がとけると、何になりますか?」

水になると考えた人、間違いではありません。

でも、私が思うのは「雪がとけると、春になります」。

 

 

三中にも、春がやってきました。新入生のみなさん、あらためて言います。入学おめでとう。2・3年生のみなさん、進級おめでとう。

 

 なぜ、今日の日を「おめでとう」と言うのでしょうか。それは、入学式や始業式は、みなさんにとって、節目になる式だからです。

 じつは、私には娘が二人います。上の娘はもう24歳になっています。私は結婚して7年間子どもが生まれませんでした。家族は子どもがほしいと願っていました。じいちゃん・ばあちゃんは孫がほしいと願っていました。みんながほしい、ほしいと願っていましたが、なかなか子どもは生まれませんでした。そして、妻が妊娠したという知らせをきいたとき、どれほどうれしかったことでしょうか。

ですから、私たち家族にとって、子どもというものは生まれたり、つくったりするものではけっしてありませんでした。子どもは「授かるもの」だったのです。私たちは一つのいのちを授かったのでした。

みなさんは、お宮参りを知っていると思います。子どもがうまれるとすぐ神社やお寺にいきます。みなさんの中にもお宮参りをした人もいるでしょう。これは、「子どもを授かりましたよ」と神様・仏様に報告にいくのです。そして、七五三はそれぞれ節目の年に「こんなに大きくなりましたよ」と見せに行く日本の伝統的な式なのです。いのちを伸ばし、成長してくれた。だから、「おめでとう」なのです。また、人びとは少しよそ行きの格好をするのです。

節目今日の入学式に来られたお家の人も、いつもよりよそ行きの服装をされていたでしょう。そうなのです。きょうは節目の日なのです。小学生から中学生になったという節目、後輩から先輩になったという節目、2年生から最高学年3年生になったという節目の日なのです。節目を大切にすることで、1年間の成長がわかります。節目がないと、どこからどこまで成長したかはわからないからです。今日の入学式、始業式という節目を大切にして、新しい学年をスタートしていきましょう。

 もう一つ、節目ではいったん自分をリセットすることができるということも覚えておいてください。

わたしは、いつも思うのですが、「我が輩は過去である」ということ、過去こそがすべてです。未来はまだ何もないゼロの状態です。今までに勉強のことや友だちのこと、学校生活で悩んだ人、苦しんだ人がいるかもしれません。それは無駄にはなっていません。

なぜならその悩みや苦しみを経験して、あなたという「いのち」がここに今あること。これがどれほど大切なことかと、私はつくづく思います。そして過去の自分や引きずった気持ちをいったんリセットして、やり直せばいいのです。やり直して、また新しい生活を築いていけばいいのです。

このようにして、過去は未来へとつながっていくのです。これから1年間、三中生のみなさんの安心でき、健康で充実する学校生活を、私は心より祈っています。

 


<第44回入学式校長式辞 H28(2016).4.8>

 新入生のみなさん、入学おめでとうございます。みなさんは箕面三中の第45期生として、本日の入学式を迎えました。三中の教職員・在校生がみなさんの入学を楽しみに待っていました。三年間をかけ、毎日の授業で学びを深め、クラスでは友達関係を強くして、豊かな人間関係を広げていきましょう。

 

保護者の皆様、まずもって私からお伝えしたいことは、お子さまを今日まで育て上げてこられたご苦労に対して、最大の敬意とねぎらいの気持ちを伝えたいということです。

いまの時代、子育ては容易なことではありません。お子さまを12歳まで育てることは、楽しみや喜びのある反面、悩まれ、ご苦労されたこともあったことでしょう。12年間たいへんだったことでしょう。だからこそ、ご入学ほんとうにおめでとうございます。今日から3年間、第三中学校の教職員一同、全力を挙げてお子さまの成長を支援していきます。

 

ご来賓のみなさまには、本日お忙しい中、箕面市教育委員会高野教育委員さまをはじめ、たくさんの方々にご臨席いただきました。まことにありがとうございます。心よりお礼申しあげます。今後とも、本校生徒のために温かいお力添えをお願い致します。

さて、新入生のみなさん、4月は桜の季節です。みなさんは「桜のこころ」を知っていますか。「桜のこころ」を言い換えると、「さくらは花見のできない人のために咲く」という言葉になります。次のような実際にあったお話を紹介しましょう。

愛知県の病院に70歳代の女性が入院していました。ちょうどお花見の時期がやってきました。そんなある日、もう結婚して別に住んでいるお孫さんがお見舞いにやってきました。お孫さんは、桜の枝が挿してある花瓶を手に持っていました。聞いてみると、自分の家の庭に咲いていたのを少し切ってもってきたそうです。

sakura女性はベッドの上から美しい桜の花見をしながら、孫の優しい気持ちをしみじみと感じていました。「花見ができない私のことを想い、桜をもってきてくれたんやね」

次の日、若い看護士が女性の病室に入ってきました。すると、桜の枝を見つけ、こんな頼み事をしました。「その桜を貸してくださいませんか・・・。」

女性はその訳を聞きました。「ほかの部屋の患者さんにも見せてあげたいと思いまして・・・。」

女性は気づきました。「そうだった。この病院には私のほかにも、桜の花を見られない人がたくさんいるのだった。それなのに、私は自分だけ喜んでいたんだ」と気づいたのでした。

しばらくして看護士が戻ってきて言いました。「みなさん、たいへん喜んでくれましたよ。涙をほろほろと流して喜んでくれた人もいましたよ」

涙をほろほろと流すとは、花びらや葉っぱが落ちるように、涙が静かに流れ落ちることです。その看護士は、同じ階の病室を一つずつ回って、一人ひとりに花瓶の桜を見せて回ったのでした。忙しい仕事の合間に、このようなわざわざの心遣いをしてくれる看護士がいたことに、女性は胸が熱くなりました。

世の中には、病気だとか、足腰が弱っていて、花見をしたくても外に出られない人もいます。世の中が、すべて桜に浮かれているのではないのです。じつは、そのような人びとのことを想いながら、桜は一生懸命に咲いているのかもしれません。さらに看護士は、桜を見て感じる喜びを、ほかの人にも分けてあげたいと願っていた天使だったのです。これが、「桜のこころ」です。

新入生のみなさん、入学のお祝いに、私から一つ言葉をプレゼントします。それは、「誰にもピンチは訪れる。そして、誰にも天使は舞い降りる。」この言葉をみなさんに贈ります。

人間が忘れられない感動の出会いをするとき、人っていいなあと思うとき、それは決まって自分がピンチの時です。人生のピンチの時に天使が現れるのです。

思春期の中学三年間です。「中学生は悩むのが仕事」と言えるほどです。楽しいことやうれしいことがあるでしょう。しかし、その反面、心が揺れ、悩むとき、困るときもあるかもしれません。そのときこそ友だちが天使になってください。私は、新入生のみなさんの中から、三中での三年間で、一人でも多くの天使が現れる学年になることを期待しています。

ふたたび言います。「誰にもピンチは訪れる。そして、誰にも天使は舞い降りる。」 入学おめでとう。

最後になりますが、本日入学しました186名の生徒たちには、安心でき、安全で充実した楽しい学校生活を送らせたいと存じます。どうか三中にかかわるすべての人たち、関係者のみなさんの暖かい見守りとご支援を、私からお願い致します。

以上をもちまして、第44回入学式の式辞とさせていただきます。

平成28年(2016年)4月8日

箕面市立第三中学校 校長 主原 照昌

 

 

 

 

<H28(2017).3.24 平成27年度(2016年度)修了式講話

 

            最大限の努力が可能性を開く

 

最近、インターネットで買い物をする人が増えています。「店で実物を見て買わないと不安や」という人も多いでしょうが、ほしい商品がAmazonや楽天のサイトに載っていたら、値段を比べて安ければ、お得な買い物ができます。

なにしろ、価格比較ができるサイトもあるのです。ほしい商品を入力すると、安い順で店の販売価格を示してくれます。「同じ商品なら安い店で買ったほうがお得です」。こう思うのは買う人の当然の心理です。

このことをまとめると、「最も少ない費用で最も価値ある商品を手に入れる」となります。

大学生でもよく似たことが起こっています。ある大学の先生が言っていました。授業が終わって学生が、質問がありますとやってきました。てっきり、授業の内容についての質問だと思いましたが、「これ国家試験に出ますか」でした。これは医学部の授業だったので、つまり医師の資格を取るための国が行う試験に出ますかと聞いたわけです。

このことをまとめると、「最も少ない努力で、最も価値のある資格を手に入れる」となります。

就職する学生も同じです。みんなが「自分にあった仕事をしたい」と願います。これを「適職」といいます。「適」は「適している」の「適」、「職」は「職業」の「職」という文字で表します。

つまり、いま自分に100の能力があるなら、その100でできる仕事が「適職」だと、大学生は考えています。

「自分は人と話すのが苦手なので、ぜったいセールスはムリ、事務職でないと」と、自分の可能性にフタをしてしまいます。

私は、先日、瀬川保育園卒園式に行きました。5歳の子が、一人ひとり将来就きたい職業を宣言していました。たとえば「私は将来、ケーキ屋さんにになって美味しいケーキを作ります」・・・。おそらくみなさんも小学校の卒業式で言ってきたのではないですか。それは、たんなる夢を話すと割り切って考えているならいいでしょう。

 しかし、現実は、大学生になっても「自分には、将来どんな職業や仕事が合っているのかわかりません」という人が多いのです。でも、それは当たり前です。職業についた経験がないので、自分に合った仕事はわからないのが当たり前です。

学生のときには、自分にどんな可能性が秘められているか、自分でもわからないし、先生も親もわからない。だから100の能力しかなくても、150の力を出さないとできそうにもないような、苦手なことや困難なことに挑戦していくべきなのです。

卒業した3年生のなかには、自分は将来、看護士になりたい、学校の先生になりたい、舞台の仕事がしたいなど、明確になりたい仕事を言える人もいました。そのような人はおそらく、苦手なことや困難なことにも挑戦してきたし、これからも挑戦していくでしょう。

みなさんも、これから3年生、2年生になる人たちです。「わたしはこんなんやねん」と自分の可能性にフタをせず、仲間とつながり、苦手なことや困難なことに挑戦する一人ひとりであってください。つまり言葉でまとめると、「最大限の努力が可能性を開く」です。

さて、先日の合唱祭での、「いつか この海をこえて」の2学年合同合唱での歌いっぷりを聞いて、私はみなさんのエネルギーとたのもしさを感じました。その後、何度も何度もその動画を聞き直しています。

そして、確信したことがあります。4月から箕面三中をみなさんに託していける、任せていけると確信しました。期待しています。

以上を、修了式での1年間のまとめの話とします。

 


<H28(2016).3.14 第42回卒業式 校長式辞> 

 

daichisansho厳しかった冬の寒さがようやくゆるみ、箕面の野山も少しずつ明るい色に染まりだしました。ここ瀬川の地でも、校庭の木々が芽吹く瞬間をいまか、いまかと待ち望んでいます。春の風が心地よく頬を打つこのよき日に、第42期生192名が、箕面三中を巣立っていく時がやってきました。

卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。「しっかりと歩んでいってください」と、一人ひとりに思いを込めて、さきほど卒業証書をお渡ししました。

ご来賓のみなさま、本日はお忙しい中、大橋箕面市教育委員様をはじめ、たくさんのみなさま、地域の方々が、このように早朝よりお越しいただきました。卒業生の晴れの門出を祝うため駆けつけてくださいまして、まことにありがとうございます。心よりお礼申しあげます。

保護者の皆様、お子さまのご卒業おめでとうございます。私たち教職員はお子様の自立に向けて、たゆまぬ支援に努めてきました。思春期まっただ中の心が揺れる三年間でした。子育てについて喜びも多かった反面、悩まれたこともあったでしょう。

しかし、今このように、豊かに大きく成長されたお子様の姿の陰には、子育てのご苦労とご努力が鮮やかに色づいています。きっと万感の思いでおられることと存じます。私からみなさんに最大のねぎらいと敬意を払います。お疲れさまでした。

さて、卒業生のみなさん、卒業するとき、よく言われる言葉に「目標をもって生きてください」があります。目標は大切です。ただし、目標だけがあって、目的がなければ、人は困難なことに出会うと、すぐ目標をあきらめてしまいます。目標と目的は似ていますが、意味はまったく違います。目標は「○○にむかって」であり、目的は「○○のために」です。

みなさんに伝えます。目標と同時に目的を持っていたら、それは人生を生きる、大きな力になります。このことを新田佳浩さんというクロスカントリースキーの選手のエピソードが教えてくれています。

佳浩さんは岡山県の農村に生まれました。3歳の時、おじいちゃんが運転する農機具のコンバインに左手を巻き込まれました。そして左手の肘から先を失いました。その後、小学校に入ると、佳浩さんはクロスカントリースキーに夢中になりました。県大会で優勝するなど、活躍しました。ところが、中学校に入ると壁にぶつかりました。両手でストックを使う選手に勝てなくなったのです。挫折を感じ、佳浩さんは中3の時スキーをやめてしまいました。

その後、高校1年のとき、2年後に近づいた長野パラリンピックへの出場を勧められました。ビデオをみると、佳浩さんと同じ左手のないドイツの選手がものすごい速さで、見事にスキーをしていました。魅力的でした。佳浩さんはビデオに釘付けになりました。そして、自分もやってみようと練習を重ね、長野パラリンピックで8位、ソルトレイクパラリンピックで銅メダルを取りました。4年後のトリノパラリンピックでは、金メダルが確実とまわりから思われていました。

しかし、トリノでは、競技中に考えられないようなアクシデントが、佳浩さんをおそいました。バランスを崩して転倒してしまったのです。片手なのですぐに起き上がれず、大失敗をしました。二度目の挫折でした。

大きなショックと失意の中、佳浩さんは家に戻り、引きこもってしまいました。家にはおじいちゃんがいました。自分の運転する農機具で、かわいい孫が片腕を失った。事故直後には、「この子と一緒にわしは死ぬ」と言っていました。じつはその後もおじいちゃんは、ずっとずっと、自分を責め続けてきたのでした。

佳浩さんはそんなおじいちゃんを見て、はっと気がつきました。そうだった。目的を見失っていた。目標はいつも「金メダル」でした。しかし何のための金メダルなのかを忘れていたのでした。金メダルを獲っておじいちゃんに掛けてあげ、「おじいちゃんは、おれにとって最高のおじいちゃんだよ」と言ってあげることが夢だったのです。

「目標は金メダル、目的はおじいちゃんのために」を胸に、再び立ち上がった佳浩選手は、4度めのバンクーバー大会に挑戦しました。29歳の時でした。そしてみごとに金メダルを獲得しました。すでに92歳にもなったおじいちゃんの首に、やっと金メダルをかけることができたのでした。

卒業生のみなさん、これから何かにチャレンジしようとするとき、困難なことにぶつかるかもしれません。見えない未来にくじけそうになることもあるでしょう。そのとき、あきらめないためにはどうすればいいのでしょうか。新田佳浩さんの生き方から確信していることを、私はみなさんに伝えます。「人は、誰かのためになら、あきらめることはない」。再度言います。「人は、誰かのためになら、あきらめることはない」。このフレーズを、私からみなさんへの、最後のはなむけの言葉として送ります。

さあ、卒業生のみなさん、卒業は出口ではなく入口です。みなさんの前途ある未来を心より祈っています。

以上をもちまして、卒業式の校長式辞とさせていただきます。

平成28年(2016年)3月14日 

箕面市立第三中学校 校長 主原 照昌

(本文の新田佳浩さんのエピソードは、『子どもの心を揺るがすすごい人たち』(水谷もりひと著、ごま書房新社から引用させてもらいました。)

 

 <H28(2016).2.26  朝礼講話>

              「最初の一歩の勇気」

みなさんの中には、試合や大会、演奏会や発表会で、練習したのに自分の力を出せない、自分が本番に弱いと思っていつ人はいませんか。

みなさん、この人を知っていますか。

この人は履正社高校野球部のメンタルコーチをして、はじめて無名の履正社野球部を甲子園に導いた人です。

筒井正浩さんといいます。この人はいま、いろいろな人のメンタルコーチをして、活躍しています。

メンタルコーチとは、スポーツで本番に弱い選手、つまりプレッシャーに負けてしまったり、緊張して力を発揮できないアスリートに精神面で、心理的なトレーニングをして、自信をつけさせるコーチのことです。

さて、筒井正浩さんは、もともと年収1200万円以上を稼ぐ高給取りのサラリーマンでした。彼にはメンタルコーチになりたいという夢がありました。しかし、それでは食べていけるかどうかわからない。だから会社を辞められませんでした。

 8年間ほど悩んでいましたが、44歳の時、会社を辞める決意をしました。そのとき、超えなければならないハードルは「妻にどういうか」でした。

ある日、決意をして筒井さんは言いました。「夢ができたんや。仕事を辞めたい。ただ、すぐには十分な収入はないと思うねん」

妻は一言こういいました。「それなら私も明日から仕事せなあかんね」

筒井さんは、妻の懐の広さに感謝しました。

 

でも、やはり、メンタルコーチの仕事は収入につながりませんでした。ひと月の収入が4万円。これが16ヶ月続きました。「もうあかん」と思いました。

chourei16226そんなとき、人との出会いが彼の人生を大きく変えました。最初のきっかけは元神戸製鋼ラグビー部のスーパースター、平尾誠二さんでした。

平尾さんはラグビー日本代表の監督を引退後、スポーツをさかんにするため、月1回6ヶ月連続で、毎回いろいろな有名なゲストを呼ぶセミナー、つまりお話を聞く会を開いていました。

 1回目のゲストは、元サッカー日本代表の岡田武史監督でした。講演が終わったあと、筒井さんは、たまたま控え室に入る平尾さんの姿を見ました。

「あっ、平尾さんや。話ができたらええなぁ」と思いました。でもその瞬間、「あんな有名人と話をするなんて無理やな」という思いが頭をよぎりました。

しかし、次の瞬間、こんな思いもよぎりました。「このまま、家に帰っても、控え室のドアをノックして断られても家に帰っても、結果は同じや。」

控え室の前までいきました。心臓がバクバクしました。ノックができない。どうしようと思っているうちに、右手首が二回動きました。

chourei162262「コンコン」とドアをノックする音がしました。

「やってもーた。もう逃げられない」

中から「ハイ」という声がしました。

ドアを開けました。目と目が合いました。平尾さんは「どなたですか?」という顔をしました。

 「あのー、今日、講演を聴いて感動しました。お礼だけ言いたくて・・・。お疲れのところすみませんでした」と言ってドアを閉めようとしました。すると「どうぞ入ってください」と言われ、ビックリしました。向かい合わせで坐りました。どうしよう。とりあえず名刺を渡そう。

平尾さんは筒井さんの「メンタルコーチ」という肩書きをみて、「これ、なんですか?」と聞いてきました。

「スポーツ選手のメンタルをサポートするんです」と、筒井さんが答えると、平尾さんは急に興奮して言いました。

「絶対この道でメシ食ってください。本気で応援します。あきらめないでください」

平尾さんは部屋を出ていき、すぐにその日のゲスト、岡田監督を連れてきて、筒井さんに紹介しました。それから平尾さんはいろんな人を筒井さんに紹介してくれました。

ここから、筒井さんの人生は劇的に変わっていきました。

 「ドアをノックしたら迷惑するんじゃないかと、みんな勝手に思いこんでいるけど、ノックしてごらんよ。扉を開けてくれるから。まず動こう。動き出したら見える景色が変わってくるで」と筒井さんは言います。

 「僕のやったことは手首を2回うごかしただけ。そのとき必要なのは勇気や。その勇気も最初の一歩だけでええんや」

みなさんも、最初の一歩の勇気を踏み出してみましょう。

(この講話は、水谷もりひと著「子どもの心を揺るがすすごい人たち」[ごま書房新社発行]の「必要な勇気は最初の一歩だけ」から引用しています。)

 


<H28(2016)1.14(金)避難訓練校長講評>

せいなん幼稚園の子どもたち、そして三中の中学生にも理解してもらえるお話を最初にします。

地震合同避難が起きた時には机の下に潜り込むのですが、その時机の脚をしっかりつかんで離さないようにしてください。震度5を超えると、机は吹っ飛びます。ですから脚をしっかりつかまないと、自分の頭を守れません。

次に、「避難しなさい」と聞いたら、今日のように中学生のお姉ちゃん・お兄ちゃんに連れてもらって静かに外へ避難しましょう。幼稚園のみなさんにとって、中学生は頼りになる人です。中学生や先生など、大人の人といっしょに逃げましょう。

今日は、阪神淡路大震災の避難所でのエピソードを話します。神戸市立鷹取中学校のもと校長先生から聞いた話を伝えます。 

鷹取中学校は須磨区にあるが須磨区のいちばん東端であるので、避難者は長田区から来た人がほとんどだった。須磨区の住民のほとんどは西へ逃げたのでした。

震災当日は午前7時30分、教師6名が学校に到着、4カ所の校門周辺に約300人の避難者が集まっていた。北門を開き、避難者を校内に誘導した。停電のためシャッターは開かず、2名の教師がこじ開け、けが人・老人を優先して校舎内に誘導した。学校の被災状況を確認後、校長室・事務室・職員室・保健室以外のすべての施設を提供した。

水がなかった。中2のある男子生徒が突然倉庫を壊し始めた。受水槽を壊し、避難者に水を配ろうとしたのだった。これもシャッターをこじ開けた教職員の姿を見ていた生徒が自主的に水をくみ上げ、配ってくれたのだった。

 中2のある男子生徒は、よく授業をサボり、学校を飛び出す子だった。子どもたちは班をつくり、水を担当する班、トイレを担当する班(縦割り)などに分かれた。彼は班長になっていた。物資を運んだりするとき、「がんばってください」と言う声かけをはじめた。やがて声かけが避難所に広がるようになった。

赤ちゃんを抱いた母親は、元気な声をかけてもらって心が安らぎます。ある日、校長室におじいちゃんが子どもを連れてやってきた。「この子はわしの知らん子やねん。でもおじいちゃん寒ないか。背中さすろか」というてくれるんですわ。・・・・・

 

最初に日赤から500枚の毛布と500人前の食糧が届いた。しかし鷹取中学校の避難所は震災3日後には3000人を超えていた。その後、折り詰め弁当や缶詰も届いた。しかし一人1個もあたらない。弁当が届いたとはなかなか言えなかった。奪い合いが起こるかもしれない。

 子どもたちは弁当はすべて自分たちが受け取り、避難者に分けると言ってきた。その後弁当が届くと、1個の弁当を何人で分けるかを決め、「~人で分けてください」と1個ずつ弁当を手渡していった。

1日に1回の食べ物。中1の女子生徒はおばあさんに「今日の弁当は3人で分けてください」といって渡そうとした。あばあさんは「お嬢ちゃん、わたしは昨日ももらっていない。一昨日ももらっていないんや」と言った。でもその生徒は泣きながら「今日の弁当は3人で分けないと足りなくなるのです。この人とこの人との3人で分けてください」と言って分けていた。やくざも避難していた。子どもに「食べもんをとってこい!」とすごむ人もいた。しかし、子どもは泣きながらも弁当を渡さなかった。子どもたちは弁当を守り抜いたのだった。ある日、弁当が腐っているときがあった。私はすべて捨てるように指示をした。中学生はわかってくれたが、小学生が悲しそうな顔をした。そこである中学生の男子が怒り出した。「何か腐っているのか調べたんか」 と。調べてみるとスパゲッティだけが腐っていることがわかった。そこで、スパゲッティだけを捨てて、弁当をすべて配ることになった。

学校を休みがちだったある2年生の女子生徒K子がいた。震災後、毎日ボランティアで学校に来るようになった。なぜ学校に来るようになったのか。自分の家が崩れ、自分が下敷きになったとき命をかけて家族を救おうとする両親を見たのです。このことを誰かに伝えたい。だから私は学校へ来てボランティアをするのです。こういった。

 その後、2年生の女子生徒は、ある体の衰弱したおばあちゃんに、手に入れたお弁当を毎日毎日運んだ。200日間、体の動かないおばあちゃんの世話をしつづけた。おばあちゃんはその後、亡くなった。亡くなった日、その女子生徒が校長先生のところへやってきた。

 「先生、おばあちゃんがきょう「ありがとう」と言って、私の手を握ってくれたんですよ。そしてその後おばあちゃんは亡くなったんです」

 「おばあちゃんは私に感動をくれた。私に勇気と希望をくれたんよ。」

大震災はかけがえのない命を奪った。亡くなった命は6434人の命。そのうち児童生徒は179名である。毎年「1.17希望の灯り」のセレモニーのときには、6700本の竹筒に灯りをともし、霊をとむらう。灯りの下には「この灯りは奪われたすべての祈りと生き残った私たちの思いをつなぐ」と書かれている。

 

このように、中学生も、災害の時にはできることがたくさんあります。人の役に立つことができます。今日という1日をとってみても、自分がやったことより、他の人にやってもらったことの方がはるかに多いのです。

人のために役に立ちたいなと思う人が始める活動がボランティア活動です。人からやりなさいといわれてではなく、自分でやってみようと思う人は、ボランティア活動をやってみてください。

 


<H28(2016).1.8  3学期始業式校長講話 >

         「努力する人は、カッコいい」

 みなさん、新しい年を迎えました。明けまして、おめでとうございます。

今日は1年の始まりとして、みなさんに私がいちばん伝えたいことを話します。

それは、努力する人になってほしいということです。世の中には、また三中にも、高い能力を持っている人はいます。歌をうたうとたいへんうまい、ダンスをすると抜群の体のキレで踊ることができる。走ると圧倒的に速い、学習ではどの教科も90点以上を取る。このような人は、実際にいます。また、試合などでは運の強い人もいるでしょう。そういう人を天才という場合もあります。

でも、私も含め、ほとんどの人は天才ではないのです。天才じゃないから、がんばるしかないのです。よくいう言葉があります。

doryoku「夢や目標をかなえるためには、◇%の才能と△%の運と( )%の努力が必要」この方程式は、いろいろなところで目にします。あてはまる数字は、人それぞれだと思います。たとえば、「50%の才能と10%の運と40%の努力」。ある人の場合は、「20%の才能と30%の運と50%の努力」などです。

私が大事だと思うのは、そこに入る具体的な数字ではないのです。大事なのは、努力の項目がない式はない、という事実です。つまり努力が0%の式はないのです。努力をしなければ誰も100%にはたどり着けないのです。だから、努力は夢や目標をかなえるための「切符」なのです。どんな能力のある人であっても努力をしています。そのことを思えば、「努力をやめる」という選択肢は、誰にもないのです。

こう言うと、「努力をしても、報われないこともあるやん」と思う人がいます。それに対して、私は「大丈夫。必ず報われるよ」という言い方はしません。人生は矛盾との闘いです。不条理なこともあります。たしかに努力しても報われないことがあるかもしれない。その上で、私はみなさんにこのような話をします。

積み重ねた努力の量は、数字としてはっきり見えるものではありません。また、このポイントまで溜まったから報われる、ということでもないのです。努力の結果はすぐ、目に見える形で表れるわけではないのです。努力が何かの結果に結びつくまでには、タイムラグがあるのです。

そうなると、不安になってしまうと思います。どこまで努力したらいいのかわからない。また自分が努力していることは、何にもつながっていないと感じてしまうかもしれない。でも、そのとき「あんなにがんばったのに無駄だった」とは思わないでほしいのです。そういうときこそ、「ここからなんだ、今からなんだ」と思ってほしいのです。

 「努力しても報われない、どうしたらいいの」という人に、もう一つ私がいう言葉があります。それは、「努力を見てくれている人は、かならずいるよ」ということです。私自身は、生徒のみなさんの努力を見ている人でありたいです。友だちの中にも、先生の中にも、あなたの努力を見てくれている人はいます。「あなたは一人ではないのですよ」と伝えたいのです。

 なぜ私がここまで「努力」にこだわるのか。それは、自分には才能がないからです。足りない部分だらけだと思います。だから、それを努力で補いたいのです。いま、世の中には「努力するって格好悪い」「努力なんて暑苦しい」という風潮がある気がします。誰しも自分にプライドがあるから、自分の弱点をはっきりと認めたくない。弱点と向き合う努力をしたくないと思うでしょう。

でも、プライドを捨てきれずに、努力を怠って、成長するチャンスを投げ出しているほうが、私はずっと格好悪いと思います。

ですから、言いたいのです。努力する人になってくださいと。

 


 <平成27年(2015年)12月24日 終業式講話>

                 「迷う力を大切にしてください」

終業式1512241私の小学校生のとき、夏休みや冬休み前には肝油ドロップが子ども全員に一缶ずつ配られました。これは、甘くて脂っこいドロップで、高いカロリーでした。なぜ、休み前にこのドロップが配られたのでしょうか。それを考えるには、当時の子どもたちの栄養状態を考えなければなりません。当時は、第二次世界大戦が終わってまだ25年もたっていない頃でした。当時、日本人の子どもたちは栄養がたりておらず、栄養失調の子も多く、学校給食で栄養をとる必要がありました。長期の休みに入り家庭で食事をとるようになると、栄養不足が心配されました。そこで、栄養をとるため、ドロップが配られたという事情がありました。

その後、学校給食のカロリー数はどんどん高くなっていきました。日本はどんどん豊かになり、私が中学3年のときには、給食のカロリー数は最高の時代となりました。その後は、ゆっくりとカロリーが下がっていきました。そしていまは、バランスよく栄養を取り、カロリーを気にする学校給食となっています。この意味で、小中学校の9年間というものは「どんどん食べろ」から「食べ過ぎるな」というように、価値観、つまり何を大切にするかという感じ方が大きく変わったのでした。

これ以外にも、「運動中に水を飲んではいけない」とか「夏には小麦色の日焼けがカッコいい」と私の子ども時代には言われたものでした。ここからわかることですが、一つの価値観には有効期限があるということです。そして「正解」とされるものは変わっていくものだということです。もちろん、ずっと変わらない価値観もあります。人を傷つけてはいけないとか、人を殺してはいけないという価値観は変わりませんが、多くの価値観には有効期限があります。

他にも例はあります。NHKには「今日のレシピ」という番組があります。以前は献立を4人分で表示していましたが、いまは2人分で表示しています。これはいまの日本の家庭状況を考えているからです。もちろん、「標準」つまり「普通」をつくっていくのは仕方がないでしょう。そして大きな「フツー」のなかにいれば、みんなが安心できます。しかしこの大きな中にいると、中に入れない人もいるということに気がつかなくなってしまいます。ということは、「フツー」の外にいる人への想像力が働かなくなってしまうということなのです。

数でいえば、車いすよりもフツーに歩ける人の方がはるかに多いでしょう。「ボクたちは階段を楽々とのぼれるのだからスロープやエレベーターはいらない」となってしまう。しかし足に障害のある人も学校や社会にはいます。その人たちにはスロープや階段が必要なのです。そのような想像力を持たないと、自分たちだけが「正解」であり、それ以外の人たちは「正解」でないという考えに陥ってしまいます。

大きなグループの中にいれば安心でしょうが、それに入れない人もいるのです。こっちにいる正しさと同じように、外側にいる人にも正しさがあるんだよ。その正しさは自分の思っている正しさとちがっているだけなんだという感覚が必要だと、私は思うのです。このように「小さな正解」がたくさんある時代を、いま私たちは生きているのです。そして、私の「正解」はとても大事だけれど、人の「正解」もとても大事になるのです。

私は中学生のときにこそ、しっかりと迷ってほしい、「迷う力」を蓄えてほしいと思うのです。迷うことのたいへんさに負けないでほしい。「迷う力」をしっかりと鍛えていけば、つぎは自分だけを「正解」だとするのではなく、円の外の「正解」も認めることができるようになります。親に「早く、早く」とせっつかれても、迷う子のほうがいいのです。「早くしなさい」というプレッシャーに負けない子であってほしい。何でもお母さんが決め、お母さんのいう通りにする子は、うまくいかなかったときにはお母さんのせいにしてしまいます。

もし、しんどい思いをして選んだ「正解」なら、人はそれを大切にしようと思います。また別の子が選んだ「正解」を否定したりはしません。自分でしっかりと迷って、悩んで、自分の「正解」を選んでほしいと強く思います。

そして、いろいろな選択がある中で、一つを選ばなければならないという状況もあるでしょう。だから私たちは話しあわなければならないのです。話し合いのとき大切になるのが「ことばの力」です。なにか決めるために多数決をとらなければならないとき、そして賛成と反対が同じくらいのときには、もっと話しあう必要があると思います。みなさんは、賛成70:反対30なら、決定してもいいと思われますか。 (手を挙げる)

決定すべきでないという人も結構いますね。ならば、さらに話しあう必要があると思います。そしてまた迷うのです。このように人は悩むのです。

3年生の人たちも、迷って自分が受験する学校を決めたのではないですか。または今も迷っている人がいるかもしれません。みなさんが迷うことは、しんどく、つらくことです。でも、しっかり迷うことがかけがえのない大切なことだといいたいのです。自分の「正しさ」を守り、相手の「正しさ」を、同調しなくてもいいから、尊重しなくてはならないのです。どちらかに決めなければならないときには、たくさん迷い、たくさん話しあっていけばいいのです。中学生というのは、迷う時期なのです。

今日休んでいる人もいますが、全校生徒のみなさん、3学期もまた元気に始業式で会いましょう。

 


 

<平成27年(2015年)11月27日 朝礼講話>

 

四つ葉のクローバーの探し方

 yasaka1,2年生の人たちは、11月20日に京都市内へ校外学習に出かけました。

そのとき、京都市内で、このような四つ葉のクローバーをつけたタクシーを見かけませんでしたか。

 この四つ葉のクローバーをつけているタクシーはヤサカタククシーといいます。ヤサカタクシーは、ふつう三つ葉のクローバーをシンボルマークとしていて、「clover葉タクシー」の愛称で呼ばれています。

 そのヤサカタクシーの1400台の内、実は4台だけ、クローバーのマークが四つ葉になっているものがあります。

なぜ四つ葉のクローバーをつけたタクシーが現れたのでしょうか。

「三つ葉のマークに落ち葉がくっついて、まるで四つ葉のクローバーのように見えた」という利用者の投書によって、四つ葉タクシーが導入されました。

四つ葉のクローバーは幸運を呼ぶクローバーと言われています。ですから四つ葉タクシーを見つけたり、乗ったりした人はラッキーであると言われています。

studentsじつは、三中の敷地内にも、クローバーは生えています。たとえば給食室とサブグランドの境界のところにクローバーがあります。一度、時間のある人は三つ葉のクローバーばかり生えている中から、四つ葉のクローバーを探してみてください。

ただし、私が今日みなさんに伝えたい言葉が一つだけあります。

「四つ葉のクローバーを見つけるために、三つ葉のクローバーを踏みつけるような人になってはいけません」

自分の幸せや利益を手に入れるため、必死になってさがし、三つ葉のクローバー踏みつけるのが平気であるような人にはならないでください。

人間関係にも当てはめることができる言葉です。きょうはこの言葉だけを覚えて帰ってください。

 


 

<平成27年(2015年)11月6日 進路説明会あいさつ>

本日はお忙しい中にもかかわらず、多数の保護者のみなさまにご参加をいただき、ありがとうございます。

さて、3年生のみなさん、今日は高校の先生が三中に来て下さっています。できるだけ、頭の中でその学校の高校生になっているとイメージして、精一杯の想像力を働かせ、話を聞いて下さい。

3年生のみなさんに、進路について私から求めることを1つだけ伝えておきます。

粘り強く進路実現に向け、学習に取り組むことをお願いしておきます。

これからの5か月は、私立専願を受検するにしても、公立特別選抜を受検するにしても公立一般選抜を受験するにしても、長い道のりになります。また気温も下がり寒くなってきます。

ときには、学習を投げ出したくなる時もあるかもしれません。そのとき、ゴールを見据えて今できる学習を我慢強く取り組んでほしい。

treeいま、外では夏には青々とした緑をつけていた木々は、鮮やかに色づいています。その色づいた葉はやがて葉を全部落として枝だけになります。寒い風が吹き付けてくるのが分かっていても、木はあえて葉を落とすのです。そして吹き付ける寒風にじっと耐え、ほかの木と一緒に春の訪れを待つ。そして新しい芽を出す。これを私は「冬の木立」と呼んでいます。みなさん、冬の木立のような我慢強さと仲間を大切にする態度で、受験を乗り越えていってください。

保護者の皆さま、進路への不安は、どの子も感じます。そこでおうちの人の力添えがどうしても必要となります。学校の教職員と保護者の方で子どもたちを、力強く支えていきたいと考えます。よろしくお願いします。


 

 

<平成27年(2015年)10月16日 朝礼講話>

 

        「根気よく続けると、直感が磨かれる」

3, 2, 1, 0。ドカーン! (みんな驚く)

と爆発するのがダイナマイトです。これを発明した人がアルフレッド・ノーベルというスエーデンの科学者です。この人の遺言によって、ノーベル賞が生まれました。

chourei10161みなさんも、ニュースで聞いたように、今年はノーベル医学・生理学賞を北里大学の大村智(さとし)さん、ノーベル物理学賞で東京大学宇宙線研究所の梶田隆章さんが受賞しました。

大村さんは微生物を研究して、薬に役立てたりしました。梶田さんは宇宙線が地球の大気に衝突して発生するニュートリノに質量があることを発見したそうです。なんかよく意味が分かりませんが、とにかくすごい発見なのです。

朝礼10162では、ノーベル賞とはどんな賞でしょうか。物理学、化学、医学、文学、平和、経済学の6分野で世界的にめざましい実績を残した人に贈られる賞です。その中でも特にノーベル物理学賞、ノーベル化学賞、ノーベル医学賞をもらうことは、世界最高の栄誉であると考えられています。

ですから、大村さんと梶田さんは2日連続で、世界最高の栄朝礼10163誉を手にしたことになります。日本人が受賞したということで、たいへんおめでたいことなのです。

さて、日本で最初にノーベル賞を受賞したのが湯川秀樹さんです。1949年ノーベル物理学賞を受賞しました。その知らせは敗戦後の日本に勇気をあたえました。そこで今日は湯川秀樹さんの言葉を、みなさんに紹介します。

「今日はあれをやり、明日はこれ、というように、あまり気が散ると、結局どれも、ものにならないですね。」

いまは、自分のやりたいことさがしの時代です。自分に合う仕事を見つけようとか自分の夢実現とか、自分に合う高校のコースを見つけようとか、このことは大切です。しかしあまりたくさんのことに手を広げすぎない方がいいようです。一つのことに集中して取り組んだ方がいいのです。

また湯川博士は、次のように言葉を続けています。

「同じことを、根気よくああでもない。こうでもない、とひねくりまわしているうちに、ハッと気がつく。これは学問に限らず、どの方面についてもいえることだろうと思います。」

このハッとした気づきを研究すると、他の人とちがった功績につながるのです。根気強く考えるというのは、同じことでも見方をかえれば、解決方法が浮かんでくるということなのです。それを「ハッと気がつく」という言葉で表しています。つまり直感や思いつきが大切なのです。ピンとくることです。

では、直感について、もう少し詳しく言います。

東北地震のとき釜石市では、99.8%の子どもが助かりました。釜石東中学校では生徒たちは避難訓練で、津波が来たら高台にある「ございしょの里」という場所へ逃げるという同じ練習を繰り返していました。2011年3月、実際に東北地震が起きたとき、校内放送を聞かなくても、生徒たちは自主的にグランドを駆け抜けて、「ございしょの里」へ避難しました。

ところが、その避難場所の裏手は崖が崩れそうになっていました。さらにすぐ下まで津波が迫ってくるのをみたとき、ある男子生徒はハッと気がつきました。ここにいては津波にやられる。その生徒は直感でもう一段上にあるある高台に移ることを提案して、全員が避難しました。

その途中で、幼稚園から逃げてきた小さい子どもたちと出会いました。ある生徒は小学生の手を引きました。またある生徒は幼児が乗るベビーカーを押して走りました。間もなく、「ございしょの里」は津波に飲みこまれました。生徒たちは、間一髪で高台にたどり着いて、事なきを得たのでした。これが同じことを繰り返した上に磨かれてくる直感だと、私は思うのです。

もう少し身近な例もあります。たとえばバスケットボールで、ボールをとった。自分のゴールに向けてドリブルで突っ込んだ。ディフェンスが2人がかりで止めようと近づいてきた。このままいけば止められる。この時そのプレーヤーはハッと気がつきました。自分にマークが2人いるということは、だれか味方にノーマークの人がいるはずだ。そして、ノーマークになっている味方を見つけ、パスを入れました。そして、シュートが決まりました。

このような直感がはたらくのも、練習に練習を重ねて、工夫しているうちに、ひらめくようになるからです。

みなさん、同じことを繰り返して、ああでもない、こうでもないと根気強く取り組み、経験を積み、直感が思いつくまでのレベルに引き上げることがどれほど大切であるか。わかってくれたことと思います。

みなさん、一つのことに集中して取り組み、直感を磨いていってください。

(大村さんと梶田さんの写真はインターネット上の画像より)

 

 

 


 

 

<平成27年(2015年)10月3日第43回体育祭開会式校長あいさつ>

「限界突破のための応援を」 

2015体育祭おはようございます。2学期の最大の学校行事のひとつである体育祭を、本日開催します。今日は、みなさんに、とくに応援の大切さについて話します。

今から1年半ほど前の2014年3月のことです。埼玉スタジアムでは、サッカーJ1リーグの浦和レッズの試合が行われていました。そのときサポーターが「JAPANESE ONLY」の垂れ幕を掲げました。その幕が差別的であるということで、浦和レッズは無観客試合という処分を受けました。

スタジアムに来てくれたファンに、エキサイティングな試合をして、勝利をプレゼントする。そのために最大限の努力をするのが、プロのスポーツ選手です。

では、みなさんに問います。サポーターの声援は、スポーツ選手にどんな力を与えると思いますか。

(間) 

では、この隊列のセンタートップの位置にいる2年生の岡本さんどうですか。

(→「勇気と元気と笑顔です」) 

うん、なるほど、私もまったく同感です。

そこでサポーターの声援の意味をもう少し考えるために、観客が一人もいないスタジアムで試合をした選手のコメントを紹介します。

西川選手は「サポーターの声はありがたいと痛感した」と言いました。原口選手は「いつもどおりやりたかったが、気持ちの部分で難しかった。やっぱりサポーターの力で突き動かされていることが多いと感じた」。槙野選手は「選手は試合中に限界を超えるラインを引きあげながら戦っている。サポーターの声援によって一歩前に踏み出せるが、それができなかった」と言いました。

そうなのです。選手は、自分の力を最大限出しながら試合をしています。しかし、それぞれに体力の限界や能力の限界があります。このとき、サポーターの声援があれば限界を突破してもう少し力を出すことができるのです。これは部活をやってきている人にも納得がいくのでないですか。大勢の人がいう「がんばれ」とか「あとすこしやで」とかいう声は、たしかに選手を勇気づけます。

さて、三中生のみなさんに話を戻します。三中生のことですから、体育祭でみなさんは手を抜いたりせず、一生懸命に競技や種目に挑んでいくと思います。ですからその一生懸命をさらに一歩踏み出すためには、クラスの仲間からの応援が大切なのです。出場している人を元気づけ、励まし、笑顔に変え、「もうダメ」という限界ラインを突き動かすような応援を、今日一日してください。これを私は「限界突破のための応援」と名付けます。限界突破のための応援をみなさんに期待しています。

さて、本日の体育祭にあたって、箕面市長さまをはじめ、何人かの方々からメッセージをいただいております。会場内に掲示しております。どうぞご覧ください。

また、本日、箕面市教育委員会から山本教育委員長様がお越しです。またのちほど具田教育長様をはじめ、地域からも多数、体育祭の観戦、応援に来ていただくことになっています。

保護者に皆さまには、平素よりありがとうございます。今日一日、子ども達の思春期真最中の躍動感あふれる姿をどうぞご覧ください。

また、近隣の方々には、準備段階から、マイクの音で多大なるご迷惑をおかけしております。今日一日お騒がせしますが、どうぞよろしくお願い申しあげます。

さあ、生徒のみなさん、パワー全開の体育祭はいまスタートします。がんばってください。以上をもって開会式のあいさつを終わります。



<平成27年(2015年)9月19日第36回文化祭校長講評> 

みなさん、今日はお疲れさまでした。学年、クラス、クラブ、教科などでみなさんの精一杯の表現を見せてもらいました。準備の期間から今日までほんとうによく頑張っていたと思います。私はそのような三中生のひたむきな態度や姿を見て、うれしく思いました。

文化祭2015文化祭は、その特徴を大きくひとくくりすれば、「表現すること」です。ある人は、劇やダンスで、ある人は音楽で、またある人は作品作りで、自分たちの表現したい気持ちや思いを表してくれました。

そこで、みなさんに「表現すること」の大切さについてお話をしておきます。

先日、私は「ガールズ・スッテプ」という映画を観ました。この映画のあらすじを紹介します。5人のふつうの女子高校生がジミーズというグループを作りました。ダンスの大会に挑戦して、自分を表現するという青春映画です。なぜジミーズという名前かというと、クラスの中で地味で目立たない5人だったからです。

その5人の中でも、主役はあずさという高校生で、E-girlsの石井杏奈が演じていました。あずさは、小学生の時いじめで友だちからハミ子にされ、クラスで一斉に無視された経験をしていました。

高校生になってもそのトラウマを引きずっていました。クラスのチアリーダー部のグループにずっと気を遣っていました。嫌われないように自分を抑えてふるまっていました。彼女は機嫌を取るため、みんなのパンやジュースを一人で買いに行きました。カラオケではみんなから注文を聞いて、申し込んだりしていました。

代表的なセリフがありました。「一人ぼっちでいるくらいなら、自分の気持ちを押し殺している方がまし」。

また、ジミーズは、あずさ以外のほかのメンバーもいろいろ事情があって、本当の自分を見せあうことができなかったのです。それはやっとできた、気兼ねなく笑いあえる仲間を失いたくなかったから、自分を出せずにいたのです。ありのままの自分を見せれば嫌われるではないかという不安をみんなが持っていました。

そのような中で自分自身のことをお互いに語り合う場面が生まれます。ここからは映画を観てください。

そして、ありのままの自分を出し合ったジミーズのメンバーはダンスの大会で思いっきり自分自身を表現しました。会場は割れんばかりの拍手と手拍子でジミーズを応援しました。感動の場面でした。みなさんも、時間があれば家の人に相談して、「ガールズステップ」を見に行ってください。

「人と比べなくていい。自分のダンスを踊れ 自分の人生を歩け」

「周りとあわせるためにつまらない嘘をつくくらいなら、弱音を吐けばいい」

これはコーチのケニーが言ったセリフです。

みなさんも自分自身を表現できた文化祭になったのではないでしょうか。

一生懸命自分自身を表現すれば気持ちがいいものです。

周りとあわせるために自分を抑えなくてもいいのです。ありのままの自分を、自由に出しても笑顔で受け入れてくれる。

どうかみなさん、これからもそんなクラスをつくってください。

(文化祭での実際の講評は、「ガールズ・ステップ」の話を簡略化しました。)

 


<平成27年(2015年)9月4日避難訓練・校長講評>

避難訓練1今回の避難訓練で、いちばん点呼が先に終わったのは、2年生でした。次に1年生、そして3年生でした。避難訓練は、どの学年が一番早かったかを競うレースではありませんし、遠回りして体育館までやってくる避難経路になっている学年もありますので、体育館に揃う順位は問題ではありません。いかに落ち着いて素早く避難経路を通り、避難でき、安全確認ができたかが大切です。

さて、今日は地震の避難訓練でした。まずぐらっと来たとき、学校では机の下にもぐることが大切といわれています。確かにこれは効果的な方法です。しかし考えてみてください。大きな地震の時は、たんに机の下にもぐるだけでは、机は吹き飛ばされてしまいます。ですから机の下にもぐったら、机が動かないように机の脚をしっかりと持って離さないことが大切です。このことは、ぜひ覚えておいてください。避難訓練2

さて、いまから4年前の3月11日、私は六中の教頭をしていました。ちょうどその日は卒業式でした。「いい卒業式やったね~」と、午後から職員室で話をしていると、突然「揺れている!」と叫ぶ女性の先生がいました。非常に長い揺れだったそうです。

そのあと職員室のテレビでは、津波がゆっくりと海から陸に上がっていき、陸地を走る車や家・建物を次々と飲み込んでいく映像が映っていました。それが東北大地震の始まりだったのでした。

さらに、さかのぼると1995年1月17日阪神淡路大震災が起こり、神戸市を中心とする地域は、大きな被害を受けました。 

避難訓練3そして、みなさん、近い将来、「東海」「東南海」「南海」の大地震が起こるであろうと予測されています。 

東海地震は明日にでも発生しても不思議でない状態です。また、東南海地震と南海地震は日本最大級の地震と言われています。今まで同時に発生するか、あるいは先ず東南海地震が発生し、その後2年以内に南海地震が発生しているという過去の事実があります。だから注意が必要になります。

この二つの地震が同時発生したときの、予想されるマグニチュードは、マグニチュード8.6です。地震のエネルギーは、先ほどお話した1995年の阪神淡路大震災の120倍というすさまじいものです。被災地域も広範囲にひろがり、四国・近畿・東海の人口密集地帯全体を激しく襲う海洋型の巨大地震となります。(チャート)

このような、かつてない巨大地震が、今後30年間の間に発生する確率は40%、50年の間では80%と予測されているのです。みなさんの50年後は60歳代のとなっています。だから一生の間におそらく巨大地震に8割の確率で、あうことになるのです。

そこで、私たちは巨大地震が起こった場合に備え、準備をしておかなければなりません。その一つがこの避難訓練です。

みなさん、災害が起こったときには、まず安全な場所に逃げることです。逃げることは避難することです。また中学生だから、逃げるときに小さい子や高齢者がいれば一緒に避難しましょう。避難によって、助かる命があるのです。

三中校区の避難所は西南小学校と南小学校です。三中ではありません。まず小学校へ避難しましょう。

8月29日、30日とメイプルホールで、みのおキッズシアター「きたかぜの神話」の演劇がありました。そこで、戦争の時代をふり返り、おじいちゃんがいて、母がいて、子どもがいる、その子どもの命は何十年もかけてバトンタッチされてきたからこそ、いまの自分たちの命があるということを、出演した子が語っていました。災害によって奪われるのはかけがえのない命です。どうかみなさん、災害に備えるとともに自分の命と人の命を守ってください。(地震の画像は中央防災会議資料を引用しています)

 


 

                                                     

<平成27年(2015年)8月26日2学期始業式校長講話>

「緩やかな仲間関係で2学期を過ごす」


2015始業式みなさんは、この字をなんと読むか知っていますか。(ラミネートをかけた「絆」の字を見せる)////////////

そう、「絆」と読みます。「絆」という言葉が嫌いであるという人は、手をあげてみてください。・・・・・

多くの人が、好きである言葉のようですね。たいへん響きのいい言葉です。

私が覚えている限りですが、「絆」という言葉は4年前に起こった東日本大震災のあと、とくによく言われるようになりました。震災で、原発が事故を起こし、人々の家が流され、大切な家族や友人を失いました。日本は大きなダメージを受けました。そして東北地方の人々が被害を受けたのだから、助けに行こうとボランティアの人々が東北へ向かいました。

そのときの日本復興のキーワードが、「絆」でした。困っている人々を助け、日本を復興するために、人々が行動することは大切なことだと、私は思います。みなさんの中にもそれに反対する人はきっといないでしょう。

しかし、一つだけ言っておきたいことがあります。私は復興のキーワードに「絆」を使うのはどうだろうかと思っていました。「絆」の意味を知っているのかなと。もう一度この字を見てください。(ラミネートをかけた「絆」の字を見せる)/////////

「絆」は「いとへん」に「牛」と書いています。「絆」はもともと、平安時代には「ほだし」と読んでいました。つまり、牛とか馬の家畜が逃げないようにつないでおく綱がもともとの「絆」です。

だから、「絆」には、つながり過ぎて人を束縛するという意味があるのです。ただし誤解しないでください。私はみなさんに「絆」という言葉を使わないようにといっているのではないのです。「絆」はいい言葉ですが、人を縛って自由に行動できなくなるマイナスの面もある。このことだけは、みなさんも覚えておいてください。

 

 

さて、私が言いたいのは、「三中生の中に友達関係で、マイナスの絆に縛られている人はいませんか」という問いかけです。グループの中で友達の顔色をうかがい、嫌われないように、いいたいことを言わず我慢してることはありませんか。グループの考えや行動に自分を合わせている人がいないでしょうか、ということです。

 

また、メル友やSNS友達のグループに縛られていませんか。もし、お風呂に入るときもケータイやスマホが手放せない。返信をすぐすることに神経をとがらせている人は、マイナスの絆に縛られているのかもしれません。

ことわっておきますが、私はメールやSNSを全面否定するつもりはありません。友達を励ますために、一生懸命書いた文章やメッセージは友達を元気にできます。勇気づけることもできると思います。しかし、短いメッセージでは、相手にあなたの本当に言いたいことは伝わらないことが多いと思います。事実、たくさんの勘違いや誤解から、トラブルが箕面市内の中学校で生まれています。

もし相手がどう思うかを気にし過ぎて、自分は我慢しているなら、それはしんどいことです。自由が制約され、窮屈な生活をしているからです。でも真逆に、ありのままの自分を出せて、あなたはあなたと認めて、受け入れてくれる友達関係なら、その人はどれほど楽でしょうか。

こう言えば、「自分だけかわったことをしたら、浮いてしまうやん?」と考えている人がいるかもしれません。でも、もともと一人ひとり考え方や行動の仕方もちがうのです。だから、あの子はあの子、私は私。これが、ありのままの自分を認めてくれるクラス・学年です。あの子がいることで、なんか楽しいねん。このような仲間関係が、みなさんにとって過ごしやすいのではないでしょうか。

そそもそも中学生は、一人になる時間も必要なのです。一人になって自分をしっかりと見つめて、ふりかえることが大切なのです。3年生だったら、1年生の時の自分がどうだったか考えてみてください。できるようになったことが増えているのでないですか。たとえば、1年生の時に比べて自分はよくあいさつができるようになったな、とかです。

このように中学生は、一人になり、じっくり考えることで、気がつくことがあるのです。そのとき、自分の成長を感じるのです。一人になるということは「孤独」になることです。ただし、「孤独であってもいいが、孤立はするな」。(ラミネートをかけた「孤独」と「孤立」のカードを見せる)/////////////この言葉は、今日しっかり覚えておいてください。

「孤独」は自分を見つめるために一人になります。しかし、「孤立」は友達との関係をシャットアウトすることになります。人は人と関わりをもつ中で、成長していけるのです。

2学期は、たくさんの行事があります。トイレへ行くときも、休み時間もいつもいっしょではない。ふだんは行動がちがっていても、文化祭や体育祭の活動を通して、いっしょに考え、いっしょに行動できるという関係を築いていってください。ありのままのこの子のことを大事にしているよ。「あの子がいる、このクラスが好きやねん。」

このような、人に縛られない仲間関係を、私は「緩やかな友達関係」と呼びます。

みなさん、緩やかな仲間関係で、三中の子が、ありのままの自分でいられる、束縛しあわない、自由に考え、行動できる2学期にしていきましょう。


<平成27年(2015年)8月7日平和登校日校長あいさつ>

 

「自分にとっての平和を探そう」

平和登校2015今日は三中の平和登校日ということで、みなさんに登校してもらいました。

3年生は、日本で唯一地上戦が行われた沖縄での修学旅行で学んだことを報告してくれました。演劇部からは、第二次世界大戦が終わってから70周年ということで、それにちなんだ創作台本による劇を上演してくれました。

3年生学級委員は、自分たちの平和への願いや思いをスライドと言葉にしてみなさんに語ってくれました。演劇部の部員たちは、70年も前の戦争中を生きた人々の気持ちに一生懸命想像力を働かして、演じてくれました。そこで、みなさんも、平和への願いや思いを言葉にしてほしいと考えています。

さて、平和とは戦争のない状態というのが一般的な考え方でしょう。では、戦争をやっていなかったら、平和であると言えるのかというと、どうもそのようには思えません。

戦争をやっていなくても、もしも人々が毎日を充実して、安心に、安全に暮らせていなかったらそれは平和ではないと考えられます。いじめや嫌がらせがあったり、友だちを外したり、仲間関係でうまくいっていない学校生活は、生徒のみなさんにとって「平和」ではないと考えることができます。

ですから、きょうはみなさんにとっての「平和」について、メッセージを書いてもらいます。まず何について書くかです。

○本来の意味の平和について書いてもかまいません。

○楽しい学校生活に関係すること、学校生活での友だち関係の大切さやいじめの問題について書いてもかまいません。

○家族の大切さについて書いてもかまいません。

○人とつながりを持つことの喜びについて書いてもかまいません。

それらのうち一つを選んでください。

ヒューマンメッセージそして、今までの13年間から15年間のみなさんの経験で、しんどかった時やつらかった時に勇気づけられた、励ましてくれた言葉を文章にして書いてください。

または、人から言われた言葉でなくても、自分がいつも大切だと思っている考えを文章にして書く方法もあります。少し時間を取りますので、箕面市が市民から募集しているこの「ヒューマンメッセージ」を、いま、この場で書いてください。

そして、今日の平和登校日を通して、あなた自身の「平和」を見つけてください。よろしくお願いします。

 


<平成27年(2015年)7月16日 1学期終業式校長講話(1)>放送による講話

 「どんな時でも、自分以外の仲間のためにプレーをしようと思っています」

miyanoこの言葉は、なでしこジャパンのキャプテン・宮間あやが言ったものです。日本女子サッカーなでしこジャパンは、先日のワールドカップカナダ大会で準優勝になりました。今日の終業式では、そのなでしこジャパンの宮間あやのことを話題に取り上げます。

宮間あやは、なでしこジャパンがアメリカに勝って優勝を決めた2011年ワールドカップドイツ大会のあと、2012年に澤選手からキャプテンを引き継ぎました。去年、ベトナムで開催された女子アジアカップで、なでしこジャパンは優勝しました。この準決勝の延長終了直前に1本のコーナーキックが放たれ、岩清水梓選手がヘディングで決勝点をあげました。このとき1ミリの狂いもなく岩清水へボールを送ったのは、宮間でした。まるで精密機械のようだと言われました。

そのような宮間あやは小学校1年生からサッカーを始めました。小学校6年生の時、千葉県大会の地区予選決勝戦で、男子の中で唯一の女子選手として、得意のドリブルを仕掛けました。しかしなかなか突破できずにいました。相手チームに押されまくり、前半が終了しました。ハーフタイムになりました。このとき、チームの監督である父は、宮間あやに言いました。

「自分以外の、仲間のためにプレーをしろ!」

このとき宮間は目が覚めたと言っています。この言葉を聞いたとき、試合に出場している選手のことはもちろん、ベンチの選手やケガで出場できない選手など、一人ひとりの顔が頭の中に浮かんだそうです。いままでどれだけ自分だけのためのプレーが多かったことか・・・。このとき何かが宮間の中で変わったのでした。

この試合は同点で延長戦に入り、宮間は決勝ゴールを決めました。チームのメンバーが体を張ってアシストしてくれたから、ゴールを決めることができたのでした。「生まれてはじめてチームが一つになって戦った試合でした。今でも鮮明に覚えています」と宮間選手は語っています。

どんな時でも、自分以外の仲間のためにプレーをしようと思っています」。この言葉は、なでしこジャパンに入ってからの対戦相手に対しても同様です。2011年ワールドカップドイツ大会決勝で、なでしこが優勝を決めた直後、敗れて意気消沈するアメリカのゴールキーパー 、ホープ・ソロ選手とお互いのファイトをたたえ合いました。

Aya,you won the game. Besides,the big earthquake is fifficult for Japanese people. So be highly pleased!

Thank you.

「あやたちは優勝したんだよ。しかも日本は大地震で大変な時。だからこそもっと喜びなよ」

「ありがとう」

こういった会話がなされたそうです。そして、宮間選手は言っています。「試合中はたしかに敵と味方に分かれます。でも、試合が終われば大切なサッカー仲間なんです。どのチームに対してもライバルと思ったことは一度もありません」

宮間選手のこのような行動は、お父さんの言葉が宮間選手の体の中で根をおろし、それが行動や態度にまで成長を遂げたものではないでしょうか。

さて、三中生のみなさんは、宮間選手の言葉や行動・態度から何を学ぶのでしょうか。そこでわたしは、みなさんに、クラスや学年・クラブで、自分以外の仲間のために行動していますか、と問うことになります。

ただし、私は何も自分を犠牲にして、仲間のためだけに尽くしなさいと言っているのではありません。あなたの行動は、自分一人のためだけに行っていることになっていないかを考えてくださいという意味です。

宮間選手の小学6年生の試合のように、自分が得意だからといって、ドリブルを強引に仕掛け、突き進むようなことをしていないかということです。これは表の見える行動でやっていることで、仲間が困っていることにあなたが気づいていない場合も、裏で見えないところでやって、相手を困らせている行動もすべて含みます。自分のやりたいようにするだけなら、クラスやクラブにいる意味が薄れてきます。

そうではなく、クラスやクラブの仲間といっしょになって、考えたり行動したりして、とことんいっしょにやることでわかりあえます。この点で、宮間選手から私たちは「いっしょに」というキーワードをもらうことができます。

どうか三中生のみなさん、仲間といっしょに喜んだり、悲しんだり、成功したり、失敗したりすることで、気持ちを分かち合いましょう。なぜならそこには共感という力強い味方が、あなたと仲間との間に生まれてくるのです。みなさんが、自分以外の仲間のために行動していくことを、私は強く願い、終業式のあいさつとします。健康に夏休みを過ごしてください。

(写真はインターネット上のフリー画像から掲載しました。)

 


<平成27年(2015年)7月16日 1学期終業式校長講話(2)>

 

「他人と自分を比べなくなったとき、人は本当に自分を好きになる」

みなさんの中に、こんな口癖をいう人はいませんか。

「どうせ私なんか・・・」、「どうせぼくなんか・・・」

きっと、みなさんの中には、「自分に自信のない人」って、たくさんいるのでないですか。

私は小学校や中学校のところ、授業中に自分があたると思うとドキドキしてきて、授業中に発表すると、心臓はバクバクドキドキして顔が真っ赤になりました。確かに私は中学生の頃、赤面恐怖症だったのです。顔が真っ赤になることを赤面するといいますが、これが悩みでした。自分の欠点でした。自信なんて、私にはありませんでした。

akimoyasuプロデューサーの秋元康さんは、「君はそんなに弱くない」の本で次のように書いています。「人は誰でも、なんらかの欠点がある。その欠点のうち、いくつかは誰に被害を与えるわけでもなく、人を困らせるわけでもなく、人にいやな思いをさせるわけでもない。そう考えると欠点のおよそ半分くらいは消えてしまう。」

この本を中学生で私が読んでいたら、私はもっと早く、自分に自信が持てたのかもしれません。顔が真っ赤になっても、誰に迷惑をかけていたのでしょうか。他人は、あなたが思うほど、あなたのことを気にしていないのかもしれません。

私にとっては悩みなのかもしれないけれど、欠点、言い換えればコンプレックス、劣等感のほとんどは、自分だけの問題で、自分さえ気にしなければ欠点になることは少ないのです。

そこで、みなさんにこの言葉を送ります。

「他人と自分を比べなくなったとき、人は本当に自分を好きになる」

これは、私が以前、担任をしていた生徒に言った言葉です。

その生徒は、いまもう35歳ぐらいになっていますが、その言葉を覚えていました。「先生があの時言ってくれた言葉は、いまも私の支えになっているんよ」。このように言っていました。

1学期の最後に、再度みなさんに言います。

「他人と自分を比べなくなったとき、人は本当に自分を好きになる」



 

<平成27年(2015年)6月19日 朝礼校長講話> 

「未来は今、1対1で話す」

私が、最近テレビの放送を見て、釘付けになり、聴きいった言葉があります。

でもね、未来は今なんです。今を頑張らないと、未来はないということ。頑張り続けることが、難しいことなのは、すごくわかってます。でも、頑張らないと始まらないんだってことを、みんなには忘れないで欲しいんです。」

これは、先日のAKB48グループの選抜総選挙で、4位になった高橋みなみがスピーチの中で言った言葉です。私は、この言葉に深く納得しました。

また、三中のみなさんが取り組んでいる「いじめを考えるキャンペーン・100万人の行動宣言」に対しても、高橋みなみはかかわっています。「AKB48グループの総監督として、卒業を控えた最後の年だからこそ」と、自ら心を込めて宣言をNHKの「いじめをノックアウト」の番組の中で書いてくれました。

「いじめが起きにくいクラスづくり」について、「1対1で話すことが大事」、「“知っている”ということは、いじめが起こりにくい。知らないからこそ、他人を傷つけてしまうのです」

このように高橋みなみは、いじめを無くすためには、1対1で友だちと話すことが大切であるという行動宣言をしてくれました。

きょうは、高橋みなみの言葉からみなさんに、二つのメッセージを伝えます。

まず、一点目です。がんばることが大切で、三中生は努力することを惜しまないようになってほしいということです。

中学校というのは、小学校とちがって、ある意味で、友だちとの差が見えやすくなります。たとえば、自分は勉強できると思っていたけど、定期テストが返ってきて感じたけど、周りにはもっとできる子がいるんや! 自分はサッカーで結構うまいと思っていたけど、僕にはとうていかなわないようなうまい子がいるわ。

それは中学校が小学校より残酷やという話ではありません。中学校というしくみが、友だちとの差が見えやすいようになっているからなのです。

高橋みなみはスピーチの中で、次のようにも言っていました。

たかみな「多分みんな、いろんな活動をしていて、「悔しいなぁ」とか「がんばっても、100がんばっても1ぐらいしか評価されないなぁ」って、たくさん矛盾を感じていると思います。でも、がんばらなきゃいけない時っていうのがあるし、がんばらなきゃいけないときっていうのは、一瞬ではないということを、みんなに覚えておいてほしいなと思います。272人、今回立候補しました。呼ばれたのは80人でした。では、メンバーは、がんばっていなかったのか。違います。みんな頑張っています。

どうがんばったら選抜に入れるのか。どうがんばったらテレビに出れるのか。どうがんばたったら人気がでるのか。みんな悩むと思うんです。・・・」

みなさんに当てはめましょう。どうがんばったら成績が伸びるのか。どうがんばったら、クラブでレギュラーになれるのか。どうがんばたら楽器がうまく演奏できるのか。どうがんばったらすてきな演技ができるのか。みんなが悩んでいます。

がんばっている人に、「がんばれ、がんばれ」というのはよくないこともあります。「もうこれ以上どうがんばれというの?」という声が聞こえてくる場合もあります。

しかし、三中生のみなさんにとって、未来は今なのです。今をがんばらないと、未来は開かれていかないのです。がんばらないと、何も始まらないことを心に留め、どうか自分の目標に向かってがんばる三中生であってください。

二つ目です。クラスや学年の友だちとは、言葉を使って話しましょう。

私は、LINEやツイッター、メールなどのいわゆるSNSを全面的に否定はしません。中学生はSNSとうまく付き合い、使っていくことが必要だと思っています。言葉をよく考えて、誤解を与えないようなメッセージなら、友だちを励ますこともできると考えています。

しかし、高橋みなみは「“知っている”ということは、いじめが起こりにくい」と言いました。私は逆の言い方をします。「“知らない”ということは、いじめが起こりやすい」のです。相手のことを知らないから、相手の感じていることがわからない。相手を傷つけてしまう。これはいじめを生み出す一つの原因になります。だからこそ1対1で友だちと話すのです。

そのとき、「こうしてほしい」という思いや願いをちゃんと言葉にして伝えます。友だちに言葉にして伝えたあなたの願いや思いは、どれほど力強いものでしょうか。自分のことを思って話してくれていると相手が実感したとき、自分は一人ぼっちじゃないんだと思うでしょう。このようなクラスや学年からはいじめは起こりにくいのです。どうか三中生のみなさん、言葉を使い1対1で直接話すことを大切にしてください。

(写真は、インターネット上に公開されている画像を引用しました。) 

 


<平成27年(2015年)6月14日 修学旅行1日目朝の校長あいさつ>

3年生のみなさん、おはようございます。朝早くからご苦労さまです。

やっと修学旅行の当日がやってきました。元気に、安全に、楽しく二泊三日を過ごしていきましょう。
さて、私は、いままでに11回沖縄に行ったことがあります。そして、今回9年ぶりに、沖縄へ行くことになり、今回は12回目となります。

みなさんに、修学旅行の目標を二つプレゼントします。

修学旅行朝まず一点目です。沖縄を好きになって帰ってくださいということです。私は、修学旅行の引率で国内のいろいろな場所へ行きましたが、沖縄だけは帰るときに、「また行きたい」と行って帰る人がとても多いのです。

それはたぶん、沖縄の海の美しさ、自然の豊かさ、人の温かさ、のんびりとした雰囲気などを感じ、みんなが沖縄に惹かれるからだと思います。

だから、箕面三中のみなさんも、沖縄の「リピーター」になることを目標にしてください。これは沖縄の光の部分です。しかし、光があるということは、影もあるということです。沖縄は国内で唯一地上戦が行われ何万人もの尊い命が失われた島であり、いまも基地を多く抱えています。沖縄戦の過去の部分と基地問題という現在の部分も、大切な要点だけで結構ですから、学んでください。そして光と影を知ったうえで、沖縄を好きになってください。

次に二点目の目標です。三中の仲間を好きになって帰ってください。

みなさんも三中生になって、3年目です。仲間関係も深まってきていますが、この二泊三日を、さらにつながりを深める機会にしてください。42期生としての一体感と団結力を強めてください。三中スローガンの信頼と友情と感謝を大切に、仲間と同じ時間・空間を過ごしていきましょう。

仲間、時間・空間にはすべて「間」という文字がついています。三つの「間」で、みなさんの人生で思い出に残る修学旅行になることを願っています。

 


<平成27年度(2015年度)第1回進路説明会 校長あいさつ H27(2015).5.29>

保護者のみなさまには、本日はお忙しい中にもかかわらず、多数のご参加をいただいております。ありがとうございます。

さて、私の娘が高校3年生のときの話です。娘は当時、大阪府立の高校に通っていました。その高校で、今日のような保護者の集まる進路説明会がありました。

そのときのことです。進路指導部長の先生が「最近のわが校の3年生は大学受験2015.5.29進路説明会にむけての模擬テストをあまり受けなくなりましてね・・・。」ということでした。

その先生は生徒に聞かれたそうです。「なぜ模擬テストを受けないの?」

「まだ、テストを受けられるほど、勉強できてないし。悪い点とるといややから」ということでした。

このエピソードから思うことですが、私は、進路を決めていくには、生徒の積極性が大切だと考えています。高校の体験入学やオープンスクール、学校見学会がこれからどんどん開催されます。積極的に参加してほしい、実際に自分で高校へ行き、自分の目で見て、確かめてほしいと思います。

行きたい高校を決めてから体験入学会やオープンスクールに参加するのではなく、体験してから行きたい高校を決めればいいというのが、基本的な考え方です。

例年3年生は受験前に中学校で面接練習をします。「なぜ本校を受験しようと思いましたか」という模擬面接官である私の質問に対して、「オープンスクールに参加し、先生が本当に親身に説明してくれました。クラブ活動では先輩がていねいに話をしてくれました。いい高校だなと思って決めました」と答える子が多くいます。

株式会社リクルートの創業者・江副浩正(えぞえひろまさ)は、次のように言っています。「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」。まさしくこの言葉の通りだと思います。

どうか、保護者のみなさまは、体験入学会などに参加するように強くすすめてください。また保護者と生徒対象の説明会もあります。保護者の方も積極的にご参加くださいますようお願いします。

なお、お子さんにとっては、はじめての受験となる子もいると思います。不安になる場合も多いと思います。進路支援については、最終的には子ども自身が気持ちに折り合いをつけ、納得いく進路決定をしていけることが一番望ましい状態だと考えます。

15歳の子には、考える力や実行力が伴ってきます。しかし、進路への不安は、多かれ少なかれ、どの子も感じます。そこでおうちの人の力添えがどうしても必要となります。

目の前に立ちはだかる大きな壁を前にして、立ちすくんでいる子もいるかもしれません。そのようなとき子どもの背中をポンと押してください。その力添えで、子どもは壁を乗り越えていこうとするのです。どうかよろしくお願いします。

本日はどうもご苦労様です。以上をもちまして、私からのごあいさつとさせていただきます。ありがとうございました。


 


平成27年度(2015年度)PTA総会 校長あいさつ H27(2015).5.16

「まちがうことを気にする中学生」

本日は、PTA総会にご出席いただき、誠にありがとうございます総会
本日めでたく箕面三中平成27年度(2015年度)PTA役員が承認され、私としてもホッとしています。平成26年度(2014年度)役員さまには、本当にお世話になりました。この場をお借りしまして、厚くお礼を申し上げます。ありがとうございました。

さて、いまは中間テスト前で、三中では各学年で放課後の学習会を行っています。なかには、個別指導にボランティアの学生に入ってもらっている学年もあります。そこで、中学生の学習に関する話を少しさせていただきます。

私からお伝えしたいこと。それは「思春期の子はまちがえることに敏感である」ということです。つまりできるだけまちがいたくないと思っているということです。そして、それをふまえた上で、それでも子どもには、間違いや失敗を重ねて成長できる、ということです。
学校の先生も、生徒に対してとかく正解を求める傾向が強いようです。授業の中で先生が質問して、子どもが出した答えに、「はい、正解です!」というのが口グセになっている人もいます。

そして個別学習で、子どもが問題を解き、出した答に机をまわっている教師がマルつけをします。すると「これはまちがい。答えはこうなるでしょう」と教えます。
まちがっているのだから、正しい答えを教えるのは当然じゃないか、という声が聞こえてきそうです。ただし、このような正解かどうかを大切にする接し方が、どの子にも当てはまるものではないのです。
学習意欲の高い子なら、正解でないと言われるとすぐに、「どこがまちがえているのか」、「なぜまちがったのか」を考えますので、先生の説明を聞こうとします。そしてさらに考えようとします。
 しかし、やる気の乏しい子は、「まちがっている」という言葉にたいへん敏感に反応します。先生から「まちがっている」と言われた段階で、「もういい!」と感じて、意欲をなくしてしまうことが多いのです。
こうなると、あとで先生が説明をしても、聞くことができません。聞いているように見えても、「もういい」と思っているので、話は入っていきません。 子どもによっては、イラつく子もいます。「だったら、どうやったらいいねん!」とキレる子もいます。
 ですから、学習支援のやり方はその子・その子で変えていかなければなりません。このことを経験から知っている先生は、子どもによって対応を柔軟に変えていくことができます。
 中学生は、「自分のことを一人の人として認めてほしい」、「自分がやりたいようにしたい」という欲求が高いので、反対されることや「間違っているよ」には敏感に反応するのがふつうです。
そこで、心得た先生は、やる気の乏しい子に対して、直接「まちがっている」とは言いません。「この問題をこう考えて解くといいで」と解き方の説明をするのです。

以上のことをふまえて、保護者の方も、思春期の子どもには、多くの場合、「○○でなく、○○だ」というのでなく、「○○をしたらいいよ」「○○したらうまくいくよ」という言い方をした方がスムーズに会話が進み、親子関係を安定させていくことができます。

「中間テスト前でしょ。あなたが勉強をしたら80点以上とれるかもしれない。勉強しないと40点ぐらいかもしれない。だから勉強したらきっといい結果が出るよ」

このように、「やらせるのでなく、本人に選ばせる」のです。すると子どもは選んだ結果を自分で引き受けていくようになります。

そしてテストが返ってきて、「やっぱり勉強しないとあかんわ、お母さん」と子どもが言えば、しめたものです。すかさず「お母さんに、何か手伝えることある?」と聞きます。するとたいていの子は、「いいよ、自分でやるから」と言います。

自分でとった結果には、自覚が生まれ、人のせいにはしません。失敗をしても意欲の高い子は、このような大人の子どもへの接し方から育っていくのです。

思春期の子育ては、難しさもあるですが、おとなのサポートでやる気を高めた子どもを力強く頼もしいと、私はいつも思います。いっしょに成長を育んでいきましょう。

 


<平成27年5月15日朝礼校長講話>

              「自分の可能性を信じて努力する」

私は、ゴールデンウイークの間に映画を観ました。それは「ビリギャル」という映画でした。どんな映画かを知っている人もいると思います。この中に観た人はいますか。

その内容を、大雑把に紹介します。一言で言うと、学年で成績ビリの女子高生が1年間で、偏差値を30から70にまで上げ、日本で一番難関と言われる慶応大学に合格したという名古屋での実話を映画にしたものです。

「君はね、人間のクズだよ」

映画ビリギャル小林さやかは、名古屋市で有名な中高大にエスカレータ式に進学できる私立中学の3年生のとき、クズという言葉を校長から投げつけられたのです。髪をクルクルにカールし、短いスカートをはいて、たばこを吹かす。中学3年から付き合う友だちの影響を受け派手になり、一気にはじけたころでした。さやかは当時、内部進学も危うくなっていました。

もう一つ、グレたのには、両親の仲が良くなかったという理由がありました。父は弟だけをかわいがり、プロ野球選手にすることが夢でした。つまり弟だけをえこひいきしていました。そのような父にさやかは反抗し、「クソジジイ」と呼び、父親との関係は最悪でした。

そのようなさやかに変化をもたらしたのは、学習塾の坪田先生でした。坪田先生はさやかと、はじめてであった日、ちゃんとあいさつができることを、いい子だねと褒めました。さやかは、今までに褒められたことは、母以外にはなかったのでした

そして、坪田先生は映画の中で言っていた言葉があります。「クズと言われ続けた子は、本当に自分をクズだと思ってしまうんです」「わたしは、彼女が慶応大学を目指す事で、彼女の可能性を広げたいのです」

私は、坪田先生の言葉を聞きながら、なぜ自分が教師になったのかをずっと思い出していました。坪田先生はちょっとしたさやかの変化やさやかのがんばりを見逃さずに褒め続けました。その言葉を支えにして、さやかは人から言われなくても、一生懸命学習するようになったのです。

映画のストーリーは、さやかがそのまま勉強して何のトラブルもなく合格できたかというと、決してそうではありませんでした。さまざまな人間関係のトラブルが起こったり、勉強しても思うように成績が伸びない時期もあり、それでも一つ一つをさやかはくぐり抜け、慶応大学に合格できたのですが、その後の話は省略します。

私には「ビリギャル」の映画から、皆さんに伝えたいことがあります。皆さんは何のために三中へ通っているのでしょうか。

それは自分の可能性を広げるためです。できないと思って、諦めてしまうことはありませんか。皆さんは、一人ひとりがなんらかの可能性をもっているのです。それを広げる手助けをするのが、先生の役割です。たとえダメな生徒と周りから思われていても、その生徒のがんばりや努力を認めて、心配してくれる大人が一人でもいれば、その子はがんばれる。そのために教師になったんやと思った時、私は涙を流して映画を観ていたのです。

みなさん、三中には、生徒の可能性を信じ、その子をまるごと認めてくれる先生たちがいます。

そして、生徒のみなさんは、自分の可能性を信じて、目標に向かって努力して、チャレンジする人になってください。これがビリギャルの映画から私が、みなさんに伝えたいことです。

たとえば、志望する高校に向かって勉強の努力を続けてください。クラブで技術を上げようとするなら、自分の壁に向かって挑戦してください。「いじめzero」に取り組むのなら、徹底的に取り組む生徒会活動を展開してください。

いいですか。ちょっと答えてみてください。成功の反対は何ですか。

成功の反対は失敗ではないのです。成功の反対は、チャレンジしないことです

こう言えば、チャレンジしたって成功しないこともあるやん。努力したって報われないこともあるよ、と思う人もいるかもしれない。

確かにそうかもしれない。しかし、成功した人の中には、チャレンジしなかった人は一人もいないということを覚えておいてください。

再び言います。どうかみなさん、自分の可能性を信じて、チャレンジと努力をする人になってください。これがすべての三中生に、私が本日伝えれるメッセージです。

 

(画像は映画「ビリギャル」のパンフレットからお借りして掲載しています)


<平成27年5月8日 避難訓練 校長講話>

私から、少しだけ火事の避難訓練について、コメントしておきます。

火災では、火から逃げることはもちろん大切ですが、煙に巻き込まれないように注意することも大切です。

火災が起こると、学校では防火扉が閉まるようになっています。ではなぜ、階段部分とローカ部分の境界のところに防火扉がついているのでしょうか。 

これは、階段に煙を入れないためです。

煙は階段に入ると、一秒間に3mから5mの速度で上に昇ります。

この速度は人間が階段を上る速さの10倍以上です。

たとえば10階建てのビルの1階が火災になった場合、10秒ほどで1階から10階まですべて煙に覆われることになります。

つまり人は階段を使っての避難は、一瞬のうちにできなくなるのです。

火災の煙には、一酸化炭素などの有毒ガスが含まれています。この有毒ガスを吸うと体内に酸素が運ばれなくなって呼吸ができなくなり、体の自由が利かなくなります。動けなくなってしまうのです。

ですから、火災の場合、じつは煙に巻かれて命を落とすことが多いのです。

そこで、火災のときには、煙を吸い込まないようにすることが、生死を分けることになります。

避難するときはハンカチやタオルを口にあて、煙を吸い込まないようにします。 その余裕がない場合には、衣服などで覆うだけでも違います。

そして姿勢を低くして避難します。これは床の低いところに残っている空気を吸うためです。

実際、火事になるとパニックになりやすいものです。ですから避難訓練は重要です。避難訓練は真剣にやれば、パニックにならず命を助ける習慣として、体に残りますが、遊び半分でやっていれば命を守る習慣にはなりません。

みなさん、自分の身は自分で守ること、そして仲間と一緒に避難する人になってください。


<平成27年度(2015年度)1学期始業式 校長あいさつ>

最初に、みなさんに聞いてほしい文章を読みます。

『いつも人の顔色を気にしてきらわれないようにと努力してきました。でもやっぱり時には疲れてしまうことがあります。自分の意見を言い、相手も自分の意見を言い、そこでぶつかってけんかになったとしても、少しずつでも話し合って解決してこそ、本当の友情が見えてくるんだと思います。』

 

 

1年生のみなさん、ようこそ箕面三中へ!2,3年生のみなさん進級おめでとうございます。こうやって何度君たちは、春を迎えてきたのでしょうか。箕面三中も44回目の春を迎えることとなりました。

 

4月8日の今日という日を、私は楽しみにしていました。それは全校生徒のみなさんと、初めて会えるからです。私はこのたび、三中の校長になりました主原といいます。このような字を書きます。どうぞよろしくお願いします。

「つながる仲間どうしになれ」

2015.4.8始業式校長あいさつこれが今日の終業式で、私がみなさんに言いたいことです。

そのため、先ほどの文章を読みました。あの文は、何年か前に、箕面市内の女子中学生が書いたものです。自分がいるグループからはみ出さないように、「この子空気を読めへんわ~」といわれんように、一生懸命グループ内の友だちに気をつかって、学校生活を過ごしている様子が分かります。そして、このことは三中生も、多かれ少なかれ同様でないかと思うのです。

しかし、自分が自分らしくあるためには、自分の気持ちや考えをちゃんと友達に言える様にならなあかんのです。そしてそれを聞ける人にもなって欲しいのです。このようにつながる友達関係が大事なのです。

あの作文は、またこのように続けています。


『今まで私はきらわれないのなら何だってする、みんなと仲良しでいられるならそれでいい、そう思っていました。でも、やっぱりそれはどこかまちがっている気がしてきました。私だってみんなと同じ一人の人間です。なのに、自分の意見は一切言わないで相手の意見だけをすべて受け入れるなんておかしいと思います。確かに自分の意見だけを通し、人の意見を無視するなんて最低だと思います。でも、自分の意見を一つも言わないなんて、意味がないと思います。自分の意見を言い、相手も自分の意見を言い、そこでぶつかってけんかになったとしても、少しずつでも話し合って解決してこそ、本当の友情が見えてくるんだと思います。』

 

私は、箕面三中に着任して、「三中スローガン」を知りました。

「信頼・友情・感謝を大切に 今日も輝け、箕面三中」

これは生徒のみなさんが作ったキャッチフレーズだと聞いています。先ほどの中学生は、友情とは自分の意見を言い、相手も自分の意見を言い、少しずつでも話し合って解決してこそ、本当の友情であると思うと言っています。私もそう思います。そして、そのような友だちであるからこそ、おたがいにありがたいと思う。つまり、感謝を大切にします。

さらに、一人ひとりの個性、個性と言えば難しいなら、一人一人が持つ「もちあじ」です。勉強が好きとか、走るのが得意とか、早起きが苦手とか、食べるのが早いとか、一人ひとりはちがっていても、それを認めあい、みんなが主人公として輝く学校になっていきたい。

以上のように、私は三中スローガンを解釈します。すばしいスローガンだと感じますし、何よりもそれを生徒の力で作ったという意味を大切に思います。どうかみなさん、つながる仲間どうしになってください。これが1学期始業式で、校長が全校生徒に伝えるメッセージです。よろしくお願いします。    (校長 主原照昌)

 


                          

 <第43回入学式 校長式辞>

新入生のみなさん、入学おめでとうございます。みなさんは箕面三中の第44期生として、本日の入学式を迎えました。三中の教職員・在校生がみなさんの入学を楽しみに待っていました。3年間をかけ、毎日の授業で学びを深め、友達関係を強くして、豊かな人間関係を広げていきましょう。

保護者の皆様、まずもって私からお伝えしたいことは、お子さまを今日まで育て上げてこられたご苦労に対して、最大の敬意とねぎらいの気持ちを伝えたいということです。

いまの時代、子育ては容易なことではありません。お子さまを12歳まで育てることは、楽しみや喜びのある反面、悩まれ、ご苦労されたこともあったことでしょう。12年間たいへんだったことでしょう。だからこそ、ご入学ほんとうにおめでとうございます。今日から3年間、第三中学校の教職員一同、全力を挙げてお子さまの成長を支援していく決意を固めています。

さて中学3年間で保護者の皆さまおよび教職員がめざす目標は、子どもを自立に近づけることです。思春期の子どもたちは、多かれ少なかれ心に揺れを感じる時期です。その心の揺れは行動に表れる場合も表れない場合もありますが、どの子も気持ちは揺れています。そのような子どもたちに、私たち大人はどのように接していけばいいのでしょうか。

たとえば思春期の子どもが「魚を食べたい」と言ったらどうされますか。親が魚を釣ってきて、「はい食べなさい」といって与えますか。思春期の子どもには、どうか魚の釣り方を教えてください。子どもが実際に海へ行って、魚を釣ろうとすると、うまく釣れないかもしれません。そこで子どもは工夫をします。その工夫にこそ価値があります。食い渋っているようなら、餌を替えてみたりします。当たりが取りにくいようなら、ウキを変えてみたりするでしょう。このようにして、子どもは自分の力で魚を釣れるようになっていきます。これが思春期の子どもが自立に近づくことだと、私は30年以上の中学校での教職経験から思う信念です。

思春期の子どもの心は柔らかいのです。友だち間でのもめごとやいじめに対して、子どもは自分で乗り越えていく力を内面にもっています。それを引き出すのが大人の役割です。ただし、まだ半分は子どもです。子ども任せにするのではありません。大人からのサポートは必要です。そのサポートとは、大人が子どもに代わって問題を解決するのではなく、子どもが解決できるように気持ちと心で寄り添うことです。支える大人がいることで、子どもたちは安心感という支えを頼りに、問題を解決する力を身につけ、自立する大人に近づいていけるのです。そのためにも、学校と家庭が力を合わせ、全力で取り組んでいきましょう。

ご来賓のみなさまには、本日お忙しい中をご臨席いただき、まことにありがとうございます。心よりお礼申しあげます。今後とも、本校生徒のために温かく力強いお力添えをお願い致します。

さて、新入生のみなさんに私から伝えておきたいことが二つだけあります。

まず一つめです。授業では、学びを大切にしていろいろな問題を解決する力を身につけましょう。これからの社会は、答が一つでない時代を迎えます。たとえば、4月8日ちなみ、4×8は32というように、正解が一つだけの問題を解いていくのは学校で学ぶ基礎の学力です。しかし、今後は、さまざまな変化が起こる中で、知識を活用して、時と場合にあった、一番いい答を出していくことが必要になります。

東日本大震災では、いわゆる「釜石の奇跡」を中学生が起こしました。津波が押し寄せてくると聞いたとき、生徒たちは近所の小学生や幼稚園の子どもをリードして、日ごろの訓練通り、決まった高台まで避難しました。それは一つの「正解」でした。でも、真下まで迫ってくる波を見て、ここも危ないと自分たちで考えました。そこでさらに高い土地へ駆け上がりました。そして、99.8パーセントのいのちが生き延びることができました。

三中での授業は、今後、このように、自分が向き合う課題や問題を解決する学習を取り入れていきます。勉強と学びはちがいます。勉強して心が疲れることはあっても、学ぶことで心が疲れることはないのです。なぜなら、学ぶことには興味・関心が起こるからです。新入生の皆さん、学びながら、問題や課題を解決する学力をつけていきましょう。

ニつめです。友だちとつながり、助け合う箕面三中生になってください。『トムソーヤの冒険』を書いたアメリカの作家・マーク・トゥエインは、次の言葉を残しました。「自分を元気づける一番の方法は、誰かほかの人を元気づけることだ」と。クラスで、自分のとなりの子が悩んでいたり、落ち込んでいたりするようなら、「どうしたん?」と聞いてください。「私に、僕になんかできることある?」と声をかけてください。このように、自分が友だちを元気づけ、その子が元気になれば、誰だって嬉しいはずです。あなたは友だちの役に立ったという満足な気持ちになれるからです。その喜びで自分は元気になれます。人が生きていく意味は、友だちとつながり、元気づけることにあるのです。学校は、学習だけでなく、人と人のつながりを学ぶところでもあります。

私は以上の二つのことを、みなさんに心より願っていますし、強く期待しています。

新入生の皆さん、3年間は長いです。一つだけアドバイスします。長い階段をのぼるとき、その階段のすべてが見えなくても良いのです。大事なのは目の前にある一段をのぼることです。

最後に、本日入学しました195名の生徒が、安心でき、安全で充実した学校生活を送れますよう、地域のみなさまの暖かい見守りとご支援をお願い致します。

以上をもちまして、第43回入学式の式辞とさせていただきます。

平成27年(2015年)4月8日 箕面市立第三中学校 校長 主原 照昌
 



 

 

 

 

 

 

 

以下は松山隆志前校長のあいさつ文です。

 

 

 第38回卒業式 「祝辞」

  第38期生のみなさん。卒業、おめでとう。

みなさんの卒業を心からお祝いします。

 みなさんはこれまでの3年間で多くのことを学んできました。その中でみなさんに決して忘れてほしくない、いつまでも覚えておいてほしい言葉があります。

それは「おかげさま」という言葉です。

「しばらくお見かけしませんでしたが、お元気ですか。」

「ええ、おかげさまで。」というように使いますね。「お元気ですか。」という問いかけに対して、「私の周りのひとのお世話によって元気に過ごしています。」というような意味です。つまり自分の力だけでは生きていないということが、この「おかげさま」という言葉には含まれています。

  決してでしゃばらず、目立たず、しかし「縁の下の力持ち」よろしく「私」という人間を支えてくれる「陰」の部分に「お」と「様」をつけて「陰」の大切さ、「陰」に対する感謝をつめこんだ言葉が「おかげさま」です。

  みなさんは本日卒業式を迎えましたが、卒業にあたっては、ご家族の方を始め、本日ご来賓でご臨席賜っています多くの方々の陰ひなたの支えがありました。

  皆さんはこれからの自らの生き方を自分自身でデザインし、決定する権利を持っています。しかし、皆さんが生きていること自体が多くの「人」や「もの」に支えられており、みなさんの夢や志の実現のためには、多くの「人」「もの」の助けを欠かすことができません。「生きている」と同時に多くの人に「生かされている」事を忘れずに、「おかげさまで」の言葉を忘れずに、これからの人生を歩んでください。

 さて、ここで誰が作ったかよくわかっていませんが、「おかげさまで」という詩を紹介したいと思います。

 「おかげさまで」

夏がくると、冬がいいという。冬になると、夏がいいという。

ふとるとやせたいという。やせるとふとりたいという。

忙しいと閑になりたいといい、閑になると忙しい方がいいという。

自分に都合のいい人は善い人だとほめ

自分に都合が悪くなると、悪い人だと貶す。

借りた傘も雨があがれば邪魔になる。

金を持てば古びた女房が邪魔になる。

所帯を持てば親さえも邪魔になる。

衣食住は昔に比べりゃ天国だが

上を見て不平不満に明け暮れ、隣を見て愚痴ばかり。

どうして自分を見つめないのか静かに考えてみるがよい。

 いったい自分とは何なのか。親のおかげ、先生のおかげ、

世間様のおかげのかたまりが自分ではないのか。

つまらぬ自我妄執(じがもうしゅう)を捨てて得手勝手を慎んだら

世の中はきっと明るくなるだろう。

おれが、おれがを捨てて、

おかげさまで、おかげさまでと暮らしたい。

  阪神タイガース、ヤクルトスワローズ、そして楽天イーグルなどでプロ野球の監督を務め、名監督と称されている野村克也氏はその著書「野村ノート」で

「私たちは本当の意味でのおかげ、自分を支え、励ましてくれる陰の部分が見えているのでしょうか」と言われています。

又、「名選手といわれる選手ほど必ず人に感謝する気持ちを持っている。」とも言われています。

  第38期生の皆さん。

皆さんは一人ではありません。皆さんを支え、励まし、心配してくれる多くの人がいます。そのことを決して忘れずこれからの人生を歩んでください。

  さて、保護者の皆様。お子様のご卒業、まことにおめでとうございます。生徒たちはこれから人生の中でもさらに難しい時期を迎えることになります。保護者の皆様におかれましては、卒業の喜びとともに、これからの前途に一抹の不安を感じておられるかも知れません。

小林一茶がこんな俳句を作っています。

「うたたねも叱り手のなき寒さかな」

いくつになっても叱ってくれる人がいる人は幸せだと思います。

  高校生という難しい時期に入っていき、体はもうすっかり大人になってはいますが、きちんとあたたかく叱ってくれる人を求めていると思います。どうぞよろしくお願いいたします。

  また、最後になりましたが、箕面市教育委員会森田教育長様をはじめ、多くのご来賓の皆様。公私ご多忙の中、本日は本校の卒業式にご臨席賜り、誠にありがとうございます。おかげさまをもちまして、本年は182名の生徒を卒業させることができました。これも一重に皆様のさまざまなご支援の賜物だと感謝申し上げます。今後とも末永くこの卒業生たちを見守っていただきますようお願いいたします。

  さて、それでは第38期生のみなさん。最後にもう一つ作者不詳ですが、先生の大好きな言葉を紹介します。

「何もしていないと言い訳が出る。

中途半端だと愚痴がでる。

一生懸命だと知恵が出る。」

これからの長いみなさんの人生。

  「おかげさま」の気持ちを忘れず、ともかくも汗をいっぱい出して、知恵を出して、一生懸命生きられ、幸せをつかんでくれることを心から祈念して私の祝辞といたします。