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お知らせ

子どもたちの活動緊急のお知らせなどは

 「箕面市立第二中学校 ブログ(gooブログ)」 をご覧ください。

 

最近のトピックス

  2015年度~    

           

  「箕面市世界子どもの本アカデミー賞受賞者に贈るオスカー像」

                                         が完成いたしました。

 

  DSCN2698

  今年度は、本校の創作美術部が制作いたしました。

  校内にも写真を掲載しています。

  写真でしかご紹介できませんが、子どもたちの頑張った作品をご覧いただければ

  光栄です。

  どうぞ学校へお越しの際はご覧ください。

 

 

  ~箕面二中 創作美術よりコメント~

  “今年のオスカー像はモザイクで作りました♪”

  モザイクとは石などの破片を張り合わせることで色んな模様をつくりだす技法のこ

  とです。

  古くは古代ローマ時代までさかのぼることもできる古い技術で歴史があります。

  当時は床や建物の装飾にこの技術が使われていました。

  今回はそれぞれ受賞された本をイメージしながらフォトフレームに木や石のモザイ

  クを張り合わせ子どもたちによる個性あふれる作品に仕上がりました。

  受賞された方々にお持ち帰りいただいた後もお部屋に飾っていただけるように部員

  一丸となって一生懸命作りました。

 

 

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                            「祝第60回記念  箕面二中と地域でつくる文化祭」 

                                     の開催が決定いたしました。

   2015bunkasai.jpg

 

        学校と地域の祭り  「祝第60回記念 箕面二中体育祭」

                                    の開催が決定いたしました。

    2015taiikusai.jpg

 

 

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  ~2013年度~

絆学年 卒業制作写真

卒業制作写真01

 

五八回卒業式
                   式 辞

 木々の新しいつぼみが膨らみ、私たち第二中学校にも春の息吹が感じられるようになりました。
 玄関前の花壇の『二中』という文字の花も誇らしそうに咲いています。早朝、少し雨模様でしたが、しっかりと天も祝福してくれています。
 いよいよ栄えある箕面市立第二中学校 第58期生、『絆学年』150名のみなさんがそれぞれの道に向かって、巣立つときがやってまいりました。卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。
 たった今、一人ひとりに卒業証書をお渡ししました。その卒業証書には、「中学校の全課程を修了したことを証する」と書いてあります。
憲法で定められた義務教育を修了し、今後は自らの意志・責任において高等教育を受けたり、職業に就いたりする人生が始まるのです。

 

 さて、皆さんが、本日を迎えることができましたのも、保護者の方の深い愛情、地域の方の援助・見守り、そしてチーム二中のメンバーである、先生方をはじめ事務職の方、校務員の方の熱心な指導の賜物ではないかと思います。
 卒業は新たなステージへの旅立ちです。どうかこれまで本校で学んできた「学力」「生活」「仲間」そして「絆」を、皆さんの自信と誇りにして新しい世界へと大きくはばたいてください。 
 
 また、本日は早朝より、箕面市教育委員会、大橋修二、子ども未来創造局長様をはじめ、地元選出の市議会議員の皆様、青少年健全育成団体の皆様、地区福祉会の皆様、校区小学校長、幼稚園長の皆様など多くのご来賓の方々に加えて、山内前校長先生が、卒業生の門出を祝うために駆けつけてくださっています。誠にありがとうございます。少し、高いところからではございますが心から厚く御礼・感謝を申し上げます。
 引き続き、本校、卒業生に対しまして温かいご指導・ご支援・見守りを賜りますよう、お願い申し上げます。


 ところで、一人ひとりの顔を見ていますと様々な姿が思い出されます。
 沖縄への修学旅行。青い海。小雨の中、元気にはしゃいでいた姿。真剣なまなざし。平和学習。夢中になって取り組んだ部活動の姿。学校と地域の祭り「体育祭」。バトンを一生懸命つないだ姿。学校と地域でつくる「文化祭」。絶妙なダンスを踊るの姿。
 行事、ボランティアタイムでの明るい笑顔、また、会うたびに、すがすがしい挨拶をしてくれた元気な声。なかには、「校長先生、元気ですか」という声掛けもあり、うれしく思いました。とにかく、皆さんは、いつも、何事にも、一生懸命・全力投球でした。
 そのような皆さんの姿に、私たち教職員、チーム二中はどれほど励まされたことでしょう。
 たくさんの感動を本当にありがとう。この式場の作品。ご覧ください。昨夜、じっくりと一人で鑑賞しました。正面の作品。よく見ますと、学生服の名札には『若狭』とあります。皆さんは、気配りもできます。ありがとう。周囲の四作品もスバラシイ。「絆」は特にすばらしい。
 このように、皆さんと一緒に「感動・感激・感謝」の心を分かち合えたことが、私たち教職員の誇りであり自慢です。
 しかし、一方では、悩んで涙をこぼしていた顔。悲しみ、苦しみを乗り越えようと、精一杯我慢していた顔。そんな顔が、今では友達を思いやる優しい笑顔に変わっています。よかったです。うれしいです。


 さて、保護者の皆様には、お子さまが九年間の義務教育を無事終えられましたことに対しまして、心よりお祝い、申し上げます。
 とりわけ、中学校の三年間は、心も身体も急速に変化することから、戸惑い、ご苦労されたこともあったでしょう。しかし、皆様の愛情と慈しみによって、ご覧のように心豊かに大きく成長しました。お子さまの晴れ姿に接し、これまでのご苦労が報われたことと思います。お子さまの中学校、卒業、誠に、おめでとうございます。
 私たちもお子様の成長を願って精一杯、指導・支援に努めて参りました。しかしながら、何かと行き届かなかった点もあったかと存じます。子どもたちにとって、在籍校が、これからは、母校になります、今後も、私たちは、この母校・二中から卒業生のことをしっかりと見守り続けたいと思っております。どうか、今後ともお子さまを愛し、慈しみ、信じていただきますようよろしくお願い申し上げます。


 しかし、卒業生の皆さんは、本当に幸せ者ですよ。
 皆さんは、本当にたくさんの方々に支えられているからこそ、今があるのです。たくさんの愛情を注がれているからこそ、今があるのです。
 皆さんのことをいつも、気にかけ、励まし、時に厳しく叱り、時に突き放し、そして陰で支え、見守ってくださった西尾先生をはじめとした本校自慢の三年生の教職員や地域の方々がいらっしゃったから、今があるのです。
 多くの人とつながって今ここにいるのです。
 ところで、三年前、三・一一。東日本大震災が発生しました。
 その当時、皆さんは、すぐに自分たちにできる事は何かと考え、立ち上がってくれました。生徒会を中心に募金活動、みんなの言葉を集めて「絆」というすばらしい歌もできました。まだまだ復旧・復興には、時間が必要であり、これからも私たちは三・一一を決して忘れてはならないと思います。自分たちのこととして、これからも同時代を生きる仲間として、「自分に何ができるのか」しっかりと考え、行動し、人と人とのつながり、『絆』を大切にするとともに、本校で学んだ、差別を許さず、互いを尊重し、認め合うこと、仲間と力を合わせ、助け合うことのすばらしさ、ともに生きることの大切さをしっかりと心にとめて、精一杯、生きてほしいと思います。
 その皆さんは、これから様々な道に進んでいきます。
 山もあり、谷もあり、時には嵐もあるでしょう。そのたびに、感動したり、感激したり、感謝したり、悩んだりします。人間だから、悩みもするし、感動も味あうことができるのです。ありのままの人間はけっして完全なものではありません。だからこそ、だからこそ、仲間と助け合うのです。助け合うからこそ、本当の楽しさを知り、そして、人にやさしくできるのです。
 感謝の心を忘れず、笑顔を忘れず、人にはやさしく、自分には厳しく、より高く、より大きく、より美しく自分自身を染めあげてください。人のため、社会に貢献する人間になってくれることを私たちは、期待しています。
 さて、一昨年の秋、IPS細胞の発見でノーベル賞を受賞された、山中伸弥教授は、「失敗しないと成功はしません。高く飛ぶためには思い切り低くかがむことが必要です。」ノーベル賞受賞までには多くの失敗があった。ということでしょう。皆さん、失敗を恐れずに、若者らしく、どんなことにでも挑戦してください。挑戦は経験になります。
 最後に、「絆学年」の皆さんは、二中のよき伝統を引き継ぐとともに、『絆』を一層強固なものにしてくれました。そして、後輩たちの良きモデルとなってくれました。そのことに感謝します。本当にありがとう。皆さんの胸に飾られているコサージュはPTAの方と先生方が一つ一つ丁寧に作ってくださったものです。このプランタンもそうです。
 それでは、これでお別れです。家に帰りましたら、ご家族の方に「おかげさまで卒業しました。」と自分の気持ちを素直に言葉で表してください。
 それでは皆さんの限りない前途を祝し、一層の成長を心から祈念いたしまして、本日の式辞といたします。
 平成二十六年(二〇一四年)
           三月十四日
                                   箕面市立第二中学校
                                           校長 若狭周二

 

“ふりかえり”って大切ですね 

~みなさんも一度ふりかえってみましょう。~
何を?そして、いつ?
“今でしょう!”(もう古いかな) 

 

                                                     【秋田視察のひとコマ】ふりかえり01
 昨年、箕面市の粋な計らいで、学力・体力ともに全国上位の秋田県で実施されている組織的「教育活動」と統一「授業規律」を学ぶため秋田県由利本荘市へ教員等140人の派遣を計画いただきました。実際に6月から7月にかけて、秋田の小・中学校の教育現場を視察させていただきました。1泊2日でした。(私の時には)秋田は雨でした。初日も、2日目も訪問校では、丁重なる『おもてなし』をうけるとともに、児童・生徒たちと教員で創る教育活動を見学できました。すごい。の一声です。
 本校では、ベテランの域かつ柱であるの中川教諭、西川教諭、森崎教諭、今後の本校の柱になる辻尾教諭、清水教諭、讃岐栄養教諭、現在の鉄柱である橋本教頭の7精鋭人に加え、本ブログの作成者も恥ずかしながら参加させていただいたのである。
 なお、他の校務・公務等で残念ながら「参加したいけどできなかった教員」も数多くいたことを申し添えます。
 それらの視察の成果、参加者の経験・体験を十分にふまえ、現在の箕面市の教育(とりわけ授業方法)を今まで以上に充実・発展させるべく「箕面の授業の基本」<箕面教育委員会発行「箕面の授業の基本」第一版>というものを現場で研究・実践され、汗している教職員との協働体制・態勢で作成・発行されました。
 (前段が長いが、申し訳ない。)
 その冊子のなかで、根本・基礎・土台・基本として、「大切にしたい4つの学習活動」を提示されているのである。
 紹介すると、
 ○課題をつかむ○自力解決○学び合い
 ○まとめ・ふりかえり
 具体的には、このふりかえりとは、
 授業のまとめとして、友だちと協力して導かれた結論をクラス全体の成果として共有し、「分かったことを書きましょう」と具体的な指示をして、1時間の学習で学んだことを自分の言葉でまとめ、ふりかえらせます。長々と書いたが、結論は「ふりかえり」は必要だということです。
 このような状況下において、わたしは、本校の教職員の自主研修会である
 二中KIZUNA塾『パートⅢ』~出会い、つながり、元気になろう~
 のなかで<ふりかえり>をさせていただく機会を得たのである。
 テーマは、
『つたえる・つながる・つくる~これからの二中教育を共に進めるために』
中川先生から、「よろしくお願いします」と懇願され、私の後輩である、ゼロワンの頼みなら、「オッケイ~」(なんと軽い。)
この自主研修の趣旨は、(主に)若手教職員との楽しく一緒に学びの場を持つことである、とのことであり、一か月に一回程度の頻度で開催されている。今回が今年11回目。前回が人権問題の導入としての【うわさの授業のワーク】で、時には新聞(記事の内容)を使ったワークもあり、明日からの授業、学級活動に活用できるネタ(研修内容)となっている。これまでも、私以上の経験と体験をお持ちの本校の大先輩であるT先生も、自分を語るシリーズ?でさまざまなことを若手教職員にご示唆をいただいたのである。この研修、時間外の午前6時ではなく(ここしか笑うとことありませんよ)、午後6時10分から1時間程度です。今回は、その時に使用した“ふりかえり”を掲載させていただきます。内容については、また時間があるとき、直接、本人(わたしですが)に聞いてやってください。

 
【当日の配布資料】に加除修正いたしました。

“教育を通じて大切にしてきたこと”2014.2.3

匿名希望(若狭周二)

1 教職をめざすきっかけ

(1) 広島県佐伯郡宮島町立宮島小学校~中学校(大阪万博1970)
  ・広島からヒロシマへ
(2) 県立H高校
  ・ヒロシマから運動へ
(3) 予備校時代
  ・数学者になりたい。長嶋茂雄引退(1974?)
(4) 大阪の大学へ
  ・大学移転?

2 さまざまな教育課題を抱えていた時代で学んだこと

(1) 前段は、府立N高校での教員生活(1980)
  ・金城 実さんの作品、文化祭・鶴橋(国際市場)から
  ・立ち食い寿司(回転寿司ではない)・スローラーナー(当時のそのままの言葉)

(2) 初任者(1981 ?)  第二中学校に赴任、8年間在籍
 ①  ・学級集団づくり、班活動
    ・反差別の立場に立つとは
       在日の仲間、北芝の仲間、障害をもつ仲間から学ぶ
    ・青葉会(学習会、生活合宿、夏季合宿)
    ・差別について
    ・原則(解放理論)、集団づくりの原則
 ② 子ども会担当(同和教育担当→同担とはちと違う)
 ③ 毎日の学級通信作成
    ・ヤングセブン、あすなろ、・・・・名称から
        このとき、「学力」「生活」「仲間」という言葉をY先生から
    ・(通常の)『家庭訪問』
     学校の顔と家の顔は違う。保護者に直接会い、話をする。
     保護者と子どもと教員とで話し合う
    ・(夏休み20日間程度、一日二人かな)『無理やり家庭訪問』
     日頃直接会えない保護者のかたとじっくり教育談義を
 ④ 自主活動
    ・広島修学旅行から長崎修学旅行に変更

3 さまざまな役職?第四中学校へ(1988)

(7年間在籍)

 ⑤ 三年を担当
 ⑥ 卒業式前  卒業式    卒業式後  京都(宇治)
 ⑦ そして、生徒指導主事(後半3年間)
    ・暴走族?の解散まで
    ・学校間のトラブル?
    ・さまざまな葛藤
     生徒、教員、子育て、そして異動 

4 大阪府教育委員会、そして箕面市教育委員会へ

  ① 豊能教育事務所、豊能教育振興センター(1997?)
     ・生徒指導担当、いじめ不登校
     ・初任者研修、・・・・・・・・・
  ② 府教委  企画推進係→学事係→社会同和教育班→地域教育→

     すこやかネット→識字(識字日本語センター)→同和教育→一般施策→

     障害者施策(点字、手話、IT)
  ③ 市教委   学校教育課→教育推進部→
     ・教育環境の整備(生徒指導主事、加配、少人数加配)

5 教育の原点 箕面市立第二中学校

新人として赴任(2013)

  ① 「学力」「生活」「仲間」そして「絆」を大切にする学校
  ② 地域からの支援・応援  「帰ってきたんか、よかったな」
  ③ 当時の保護者からの言葉((今)敬老会、更生保護女性会さまざまな場でご活躍)

    「会いに来ましたよ」
    「顔を見に来ました」
  ④ 当時生徒(現保護者)からの言葉 「恩返ししたい。なんでも言うてや」
    感謝です。ほんまによろしゅうに。

6 教育で大切に、してきたこと、していること。

 ○自分で考え、仲間の考えを聴き、自分で判断する
 ○相手の立場に立って考え、行動できる自分
 ○人は一人では生きていけない。集団と一人ひとりの関係の把握
 ○子どもは、学校で育つ。学年、学級だけではない
 ○同じ時代、同じ空間、人間として共有している
 ○なにより、お互いの人権を尊重、そして、しっかりと生きること
 ○その子なりの自己実現への支援・指導・尊敬
 ○99%よくても、1%アカンかったら、ダメ。危機意識
 ○目配り、気配りに加えて心配り

7 二中のさらなる発展のため

 ・チーム二中を大切にしたい。してほしい。
 ・常に全員が危機意識(生徒指導、学習指導、人権教育)をもってほしい。
 ・教職員仲良く、時には議論を、より仲良く。
 ・「学力」「生活」「仲間」そして「絆」を大切にした教育内容
  の創造をチームとしてがんばりましょう。

 

 

そして、一方通行の話が終わり、参加者のみなさんからは「ふりかえりシート」をいただいたのである。
そのふりかえり、中川先生が、夜を徹して次のようにまとめてくれたのである。(感謝感激。さすが01。) 

 

ふりかえり02

2/3(月)若狭校長先生“トークショー”

『つたえる・つながる・つくる~これからの二中教育を共に進めるために~』

【感想より】

 

 発見

・若狭校長先生の若いころの苦労話の中で、家庭訪問の重要性を再確認できました。日頃の仕事に追われ、家庭訪問の数は決して多いと言えないし、もっと積極的に頑張っていこうと思った。


自分の気づき

・今の自分は学校業務に追われ、若狭校長が教育で大切にしてきたことの一つに『自分で考え、仲間の考えを聴き、自分で判断する。』の自分で考えるがついて行っていないんだ と思った。先生を続けていく中で、自分なりの『教育で大切にしていること』を増やしていきたいと思った。

 

・自分は教員として10年近く生きてきて、いったいどれだけ真剣に生徒のことを考えてきたのか。今日の話を通じて考えた。自分は本来歴史の教員をめざして、自分が学んできた歴史だけを大半思いすぎていった感が否めない。二中での生活を通じ、どこまでよっていけるかそれがいかに自分にとって大切なことか考えるきっかけを与えてもらっている。

 

・校長先生の話を聞きながら、自分には何ができるんだろうと考えていました。担任となった場合、生徒を理解するためには話し合うこと、電話ではなく保護者と本人とで、話すことが重要だと話を聞きながら感じました。校長先生の行動力、また、チーム二中で動くことをこれからの教員生活で実践していきたいと思います。

 

・今日のお話を聞いて、今まで以上に自分の考えをしっかり持ってやっていきたいと思いました。二中の職員どうしの関係や先生と生徒の関係は良い方だと思うのですが、まだまだ協力できることや意見を出し合えることが出来るのではないかと感じました。そうすることにより良い二中になればと思います。ありがとうございました。

 

・話を聞かせていただき、自分にたりないことが沢山あることに改めて気づかされましたこれから先、もっといろいろなことにとりくんでいかないといけないと思います。頑張ります。

 

・今の二中のルーツが聞けて本当に参考になりました。その時代のやられていたことが、基盤となって今の二中があるので、「学力」「生活」「仲間」を改めて大切にしたいと思いました。また、自分のやっている実践やとりくみも間違いないことが分かりました。
 今後も自信を持ってやっていきたいです。今日は本当にありがとうございました。
 ※チームも大切だとすごく思いますが、個人のスキルアップをした上でのチームが必要だと思います。

 

・広島でのご体験は初めて聞かせていただきました。「命の大切さ」について強い思いがおありなのが良くわかりました。最初は教員志望でなかったと知りびっくりしました。西成高校や1980年代の二中・北芝での出会いを通じて、色々気づかされたのだと思いました。私も出会いや経験を大切にして学ぶ姿勢を忘れずにやっていきたいです。 

 

・若狭校長の中で、子どもの姿が原点にあり、子どもとしっかりつながるそのために、家庭としっかりつながることやしっかりとした自分をつくるために自分で考え、仲間の考えを聴き、自分で判断する等、つながり方や生き方を先生の実践を通してお話をしていただき、この話してくださった思いをしっかりと受け止め、しっかり受け継いで、実践の中で返していきたいと思います。本日はありがとうございました。

 

・「広島からヒロシマ」へのお話にはずしりと重たいものがありました。命や人を大事にするという校長先生の原点であり、きれいごとではない深い思いがそこにあるというのが良くわかりました。また、教師に就かれてから今までの歩みは人権教育の、そして二中の歩みだと思いました。長い歴史やたくさんの人の思いの中で、今の二中が形作られてきたことを忘れてはいけないし、これからも受け継いでいきたいという思いを強くしました。そのためにも自分自身の「学び」や人との出会いを大切にしていきたいです。心に残る時間となりました。ありがとうございました。

 

【人権担当より】

 若狭校長先生や竹綱先生たちが創ってこられた二中の教育実践をお聞きし、私を含めたベテランがしっかり正しい教育実践をどこまで伝えどれだけ実践しているのか、中堅としてどれだけ教育実践が積み上げれているのか、若手の人たちが教育実践をできる場をどれだけつくられているのか、それぞれの世代の役割として考えていく必要があると思います。今回の話を聞いた方々がしっかりしっかり伝え、感想を目にした方々が、何かを感じ、二中として共有の財産を残していければと思っています。参加していただいた先生がたと一緒に学びの場が持てたことを感謝しております。学びの場を提供していただいた若狭校長先生のお蔭で、色々な気づき・発見ができ、感謝しています。ありがとうございました。また残念ながら参加できなかった方には、資料を配布しました。少しでも、役立てていただけたら幸いです。教育実践をともに創っていきましょう。

 

今年度、最後のKIZUNA塾【PARTⅢ】の12回は3月4日(火)を予定しております。

是非、ともに学びましょう!好ご期待を!

 

しかし、二中っていいよね。いいでしょう。ふりかえり03

生徒たち、保護者のみなさま、地域の皆様はもとより本当に、生徒思いの教員、教諭、先生、恩師・・兎にも角にも、いい人が多い。みんなが絆でつながっている。もっともっと深めましょう。感謝します。誇りです。ここまで読んでいただきありがとうございます。お疲れがでませんように。
 さぁガンバロウ。今日もよろしくおねがいします。

 

(箕面市)1361名/(全国)1210000名≒0,1%

成人の仲間入り、おめでとうございます。

そして、成人祭の準備、企画・運営された、箕面市新規採用職員のみなさま、いい、成人祭でしたよ。ご苦労様でした!

 

先日、わたくし、箕面市主催の成人祭に出席しました。
昔は1月15日が成人式だった。その感覚がいまだ、抜けていない。
今年は、1月13日(月)だった。
例年、寒~いのに、今年は、なぜか暖かかったと思います。みなさん、どうでしたか?テントを設営し、そこでの受付、ご苦労様でした。大変でしたね。
メープルの会場は満員。例年は、会場の外で同窓会の雰囲気でしたが、今年は、成人の皆さんは、静かに着席。(さすが、箕面。)
国歌斉唱(独唱)に始まり、市長の挨拶、教育長のあいさつと続きました。
市長の挨拶の中で、(正確には記憶していないのでスミマセン)「家に帰ったら、おとうさん、おかあさんに『ありがとう』と声を出して言ってください。感謝の気持ちを伝えてください。」の趣旨の話がありました。
そうです。ここまで、育ててくれた保護者のかたに感謝。そして、恩返しをするのです。実にいい話だった。
新しい取り組みとして「恩師からのメッセージ」(スライドショー)があった。
恩師がメッセージボードをもって写真撮影。
本校でも、2名の恩師に依頼があった。快く引き受けてくれ、市役所の担当の方が学校に来られ、かつての「教室」でパチり。(いい思い出になるよね。)
今、三年生の生徒諸君は、進路決定に向け一生懸命。保護者のみなさまも、子どもたちの体調管理も含めてたいへんな時期だと思います。
チーム三年生の先生方も必死のパッチ。
数年後には、成人。いい社会人になってほしい。いい人生を送ってほしい。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックではないが、自分自身の金メダルをめざしてほしい。成人の仲間入り
自分のガッツポーズ。「やったぁ!」を期待しています。
サッカーの本田選手が「世界一になるには、世界一の練習(努力)をする・・・」という趣旨の発言?卒業文集?
努力は決して裏切らない。地道にコツコツが大切。
本日は、ここでおしまい。そうだ。忘れていた。
みなさん、「風邪ひくなょ」「歯、みがけょ」(かつての、ドリフターズのことば)・・・・・・・・

 

 

みなさま、旧年中は大変お世話になりました。
今年もよろしくお願いします。

 

                                         一月吉日           
                                         チーム二中教職員一同

 

みなさ~ん。
『ありがとうございます。』
が素直に言える人になりたいですね。


~わたしは、【感謝】の一年にしたいです~


 

 

以前、「時間は前に進む」と、書いたが、本当のところ、「時間が後ろに進んだ」ものがある。それは、何かと言えば、「思い出」(想い出)というものであろう。(この表現はいい。実にいい。)

 

 
 ところで、保護者のみなさま、生徒のみんな、世間の皆様、年末、年始、いかがお過ごしでしたか?
 わたしは、大晦日に学校に行き、校門のそばにある新聞受け(正確には、新聞入れ)から新聞や諸々の郵便を取り出しました。というのは、元日の朝【元旦】には、きれいな新聞受けに朝刊を入れてほしいと思ったからです。新聞配達のひとに「ご苦労様です」を伝えたかったからです。そこから、高槻市の実家(パートナーの実家)に家族で行きました。「歌番組」と「ガキ・・・」を交互にみながら、年越しそばをいただきながら、ある意味テレビと一緒に過ごしました。そうだ、「朝まで・・・」もみてしまった。となると、就寝したのは元旦。厚い新聞を拝読して(これが楽しみ)就寝しました。
早朝、高槻の実家の新聞受けから新聞を取り出しながら、『そうかぁ』とへんに納得しました。このわたし、大阪に学業を学びに来て約四十年がすぎたのかぁ。『早いなぁ』とも思いました。現在、広島のわたしの実家には、新聞は配達されていません。さみしいものです。父が生きているときには、姉家族、兄家族、わたしの家族、親せき等々が宮島の家(広島の実家)に集合し、大晦日の宮島の行事「松明(たいまつ)  鎮火災だった? 」を午後六時半から寒い中、見に行き、帰宅したら、「レコード・・・」、「歌合戦」「行く年、来る年」・・・・・・。なぜか、「年越しうどん」でしたな。(父は「年越しそば」でした。)
 元旦の朝(これは間違い  元日の朝が正しい)には、全員が揃い、「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」そして、お年玉交換でした。
 母は、お屠蘇、雑煮、の準備に大忙し。その母は、現在、宮島のあるホームに入居しています。会うたびに「元気にやりんさいょ。人に迷惑をかけたらいけんょ。」と言ってくれる母です。そして、「周二は友だちが多い。大事にしんさいよ。」と褒めてくれます。(褒められると人間はうれしいものです。)
 父からはよく叱られました。実は、母からは、叱られた思い出がないのです。(あったとは思いますが)
 その父は「約束は守れ」「嘘はつくな」「学校の勉強をテストするんやったら満点とって当たり前。しっかり授業をきいとけ」(実際は無理です。無理でしたが)
 「自分で儲けたお金で買うんやったらまだエエ。今はまだ、自分で儲けていない!」「お金は投げるな、大切に扱え」・・・・・・・
 書きながら、不肖、わたし、目頭が熱くなりました。
 突然ですが、

◇ある家族のある一日から

                   【登場人物   周二  幼少期のわたし、その母、父】

 

 

 

周二「りんご牛乳が飲みたいょ」(我がままを言う)
母 「牛乳はダメ?」
母 「しかたないねぇ」(困惑する)  
といって、母は、△△牛乳屋さんから「りんご牛乳」を買い、
わたしに、「飲みんさい」と言って飲ませてくれた。
(そのことを知った父は)
父 「牛乳を飲む、約束やろ。」(怒る)
と言って、りんご牛乳ビンをわたしから取り上げ、がしゃーん。
母 「わたしが悪いん。わたしが買ったから」
(といって、不肖息子をかばう。)
周二「ごめんなさい」(泣く。大泣き。何度も謝る)

 

(疑問)「りんご牛乳」って昭和40年ごろ、ありましたよね。
    「コーヒー牛乳」ってのは一般的にありますよね、


 その父が、わたしが大阪に行く、行きたいと言った時。18歳の時?
 「行かせたる。好きで行かせるのではない。お母さんが寂しがるから、きちんと帰省はせえょ。」と言われたのがまるで昨日のことのようです。(実際、昨日ではない)
 不肖、わたしは、大学1年から今の今まで、ずっと夏休み、冬休みには、帰省していました。そして、年末・年始には必ず、宮島でお正月を迎えていました。(不覚ながら、昨年、今年はしていません。約束を守っていません。すみません。)
 ここまで、書いて、わたし自身、父や母をはじめ様々な人のおかげで、生きていることを実感。昔の職場、今の職場、保護者のみなさま、・・・感謝申し上げます。あらためて、今後ともよろしくお願いします。

 さて、年末に、「〔鉄腕〕アトムの会」(大阪府教育委員会在籍当時の昭和30年世代の集まり)に出席しました。(現在、府教委の幹部や高校の校長、中学校の校長・・・・)
現在の高校入試制度、大阪府の子どもたちの学力、体力・・・について議論伯仲。子どもたちにとっての「幸せ」とは? ひとりひとりの自己実現とは?

 年始01

 成長は、人との比較ではなく、自分自身の今日と明日の比較
 少しでも成長していれば、頑張ったこと
 残念でも、明日がある。
 時間は前に進む。

 

 じつは、今、1月5日(日)の午前10時。校長室。なにか、職員室も賑やかになってきている。
 チーム二中。信頼できるメンバー。三学期に向けてスタートの準備。
 特に、三年生チームは、生徒一人ひとりの進路保障に向けて、第一会議室で準備。
 希望と夢を持ってこの一年も過ごしましょう。
 感謝の気持ちを持ってこの一年をおくりましょう。
 しかし、お腹がすいたなぁ。おせち、まだあるかなぁ。
 みなさ~ん。今年も、よろしくお願いします。

 

 「学力」「生活」「仲間」そして、「絆」を大切にする
                        箕面市立第二中学校チームの一員より

 

【追記】
  毎号、毎号力作の「二中の窓」の一月号もお読みください。
    一月十日(金)に発行・配付予定です。