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箕面市立第二中学校 > 校長あいさつ
更新日:2026年10月1日
式辞 
本日ここに、箕面市立第二中学校創立70周年記念式典を挙行できますことを、大変うれしく思います。箕面市長、原田亮さまをはじめ多数のご来賓の方々、地域のみなさま、保護者のみなさま、卒業生のみなさま、そして歴代の校長先生方や教職員のみなさまにご臨席を賜り、心より厚く御礼申し上げます。本校は昭和31年1956年の創立以来、70年という長きにわたり、多くの生徒たちを育み、地域とともにその歴史を刻んでまいりました。その間、日本社会は大きく変化してまいりました。高度経済成長期、国際化や情報化の進展で一人1台のタブレットの活用、そして近年のコロナ禍など、時代ごとにさまざまな課題や変化がありました
私は、「地域が学校を育て、学校が地域をつくる」という言葉に、本校の70年の歩みが表されているように感じています。卒業生たちは地域や社会のさまざまな場で活躍し、その力を地域へと還元しています。この循環こそが、本校の伝統であり誇りであります。まさに本校の、教育目標でもある民主的な社会に担い手になっていただけていると思っています。
在校生も、卒業生に負けないくらい活躍しています。この70周年記念行事はすべて、生徒による実行委員会が昨年の9月ごろから1年間にわたり活動してきた実績をもとに計画されています。その生徒たちの活躍を紹介します。まず実行委員のメンバーです。生徒の発案で、絆のデザインを作成してくれたのは3年1組の横田旭さんでこれは校舎の壁面に張り出されています。70周年記念文化祭のポスターは3年4組の中山心温さんです。2年4組の本上凛さんは横断幕を作成してくれて現在生徒玄関の上の校舎壁面に掲示されています。そして、最後に、今日沢山の方々が着用していただいているこのTシャツデザインは表面2年3組の金田陽さん裏面は中村佳乃さんです。



ここで二中の歴史を少し振り返ってみましょう。皆さん、二中の校舎が立つ前いわゆる70年前はどんなところだったか想像できますか。この写真を見てください。このような場所にグルトーザーで整地を行って、校舎建設用の平地を作っていました。


箕面小に立っていたようです。当時の二中の名前は大阪府豊能郡箕面町立箕面第二中学校という名前でした。気づきましたか、昭和31年1956年4月8日に箕面小の講堂で入学式が行われた当時、箕面市はまだ豊能郡だったので豊能郡箕面町立です。そのあと箕面町は同年12月に箕面市になったので、箕面市より二中が数か月先輩にあたります。同年12月より箕面市立箕面第二中学校と呼ぶようになりました。昭和43年1968年4月以後箕面市立第二中学校と呼ぶようになったのです。ここで、皆さんに質問です。
Q1開校当時の全校生徒は何人だったでしょう。
Q2これまで本校を巣立った卒業生は何人でしょう
Q3これまでの年間最大全校生徒数は何人でしょう




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これまでの生徒数の推移はこのようになっています。当然、この人数の生徒が学校で学んでいたので今とは違います。当時の写真です。何か今の校舎と違いますね。



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校舎がもう一つありました。南校舎です。現在も中校舎と南校舎をつないでいた廊下の形跡があります。この写真です。さらに面影が見えるとすればここでしょう。生徒数も校舎もこんなに変化してたくさんの歴史を感じます。
今、私たちは創立70周年という節目に立っています。
未来へ向かう新たな出発点です。
次の10年、20年、そして創立100周年へ向けて、先人たちが築き上げてこられた伝統を大切にしながら、新しい時代にふさわしい学校づくりを進めてまいります。今後とも変わらぬご支援、ご協力を賜りますようお願い申し上げます。
結びに、本校の発展のためにご尽力いただきましたすべてのみなさまに改めて心から感謝申し上げますとともに、ご臨席のみなさまのご健勝とご多幸、そして箕面市立第二中学校のさらなる発展を祈念いたしまして、式辞といたします。
令和8(2026)年9月19日
箕面市立第二中学校長 校長 島本 貞文