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更新日:2017年10月1日

平成16年度第2回箕面市人権施策審議会議事録

日時 平成16年(2004年)7月18日(日曜日)午後6時~午後8時
場所 箕面市立市民会館1階大会議室
出席者 ・会長、委員8名

・事務局(人権推進課)

1.開会

2.会長あいさつ

3.案件

【案件1】前回の会議録の確認について

 ・平成16年度第1回審議会の会議録の確認、修正等の有無の説明(課長)

 →特段の質問、異議なく了承。

 【案件2】箕面市人権行政基本方針の策定について

(会長)

 前回、少し議論を始めたわけですが、現状の基本方針を修正していくやり方もありますが、委員の皆様方と自由な意見交換をする中で、今の一番基本的なポイントを整理していきたいと思います。
 それで、事務局のほうから何らかの資料をだしていただいてというよりも、少し自由にお話をしていただいたらと思います。
 ただし、それでもやはり問題提起をしていかなければということで、私の方で、今日追加で資料NO2「箕面市人権施策基本方針策定のための留意事項」という私のメモを用意させていただきました。これを私のほうから問題提起というか、これまでの議論の整理ということでお話しをさせていただいて、その後皆さん方から、私の問題提起に即してでもいいですし、そうでなくても結構ですけれども、ご自由にご意見をいただけたらと思います。
 それでレジメにはいくつかのポイントがあるのですが、1~4まで4つの簡単な項目を作っております。これに私自身のいろいろな経験だとか、今まで勉強してきた中でのイメージを、私なりに整理をさせていただきましたので、簡単に問題提起をさせていただきたいと思います。
 人権施策ということで、これまでいろいろな取り組みが行われてきました。
 なんと言っても、一つの時代のエポックというのは、戦後の民主化で、現在の日本国憲法や諸制度が制定されたり、あるいは改正されたりして、新しい戦後の政治的な体制とか、法律とか、制度が制定されました。その中で、憲法には基本的人権という章が設けられます。さらに憲法の前文や第9条も含めて、国際平和というものが憲法の2番目の柱になります。それから、国民主権という形ではありますが、一応、民主主義の原則が確立されるわけです。さらにその中で例えば、戦前にはなかった、女性参政権という形で、具体的に基本的な人権という権利保障についての、一定の進展というのがでてきました。それが戦後の出発点であったわけです。
 私は1951年生まれですが、戦後教育というか、少し経ってからの戦後教育の世代で、1958年に小学校に入学した世代で、戦後初期の教育の体験はしていないのですが、それでも小・中学校の社会科などで憲法のことは学ぶし、戦前との対比の中で、戦後の民主化ということで基本的人権とか民主主義の話というのは、いろいろ知るわけです。
 日本は戦前はひどかったというのは言い過ぎですが、戦争中は特にひどかったけれど、戦後は民主的な社会になったんだということを学んだわけです。ところが実際は、私は部落差別の問題というのを高校生の時に知るわけです。「破戒」という小説があることを私の兄から教えてもらうわけですけれども、実はあれは昔の話ではないんだよと、そういうことがきっかけで、いろいろ調べていく中で、私は1960年代の半ばに中学・高校生活を送るわけですが、ちょうど同和対策審議会の答申等がでて同和対策が始まるような、ちょうどそういう時期でした。私の感覚でもそうだったし、その経過をたどってもそうなんですが、やはり戦後の民主主義というのが何だったんだろうかというのを議論として、差別の問題というのが改めて提起されるわけです。
 全同協、即ち全国同和教育研究協議会というものが結成されたのが1953年でした。参加800名ということなんですが、その最初の大会の文章の中で、「人間が人間を差別している。基本的人権が不当に蹂躙されている。(略)しかし全ての日本の教育者がその力を結集して、同和教育への精進を誓うなら、如何に日本の民主化は促進され、同和問題解決への道が大きく開かれることであろうか。これ吾々が全国同和教育研究協議会の結成を企図した所以である。」と。また同和教育の解決なくして日本の民主化は絶対にあり得ない、という考え方が提起されたりするわけです。
 そういう形で、制度としての民主主義、国会とか内閣の制度、それから憲法の中に基本的人権というものが明記されているということであったのですが、現実には差別、人権が侵害されているという事態が実は生活の中で起こってきている。そのことについて当初、行政なんかはそうでしょうけれど、差別などはないんだという形で言われてきた。そういう経過もあるわけですが、要するに、歴史の経過の中でいろいろなことがもちろんあったわけですけれども、改めてと言った方がいいかもしれませんが、自分たちの生活の基本的なところの問題が実は人権問題なんだ、人権問題というのは自分の生活の根っこに関わるものなんだという、そういう提起がなされる。特に差別を受けた人たちから、自分たちの問題として、権利が侵害されている、格差があると、それをどうするのかと、そういう問題提起が行われることになります。
 そういうことで部落解放運動というものがずっと発展していくわけですけれども、同時にそれを受けて、障害者差別の問題とか、女性差別の問題とか、外国人差別の問題等が社会的な課題として、意識されていくようになります。
 特に1960年代の後半から1970年代の前半にかけて、例えば障害者問題で言いますと、いろいろな障害者の人たちが街に出て、様々な訴えを行う、梅田の地下街等でいろんな人たちが署名やアピールをされていたのを、かなり強烈に覚えておりますけれども、そういう形での問題提起が起こっています。
 あるいは、外国人問題についてもいろいろな政治的な流れの中で、政治的な課題としては、日韓の国交回復とか、いろいろなところで1960年代から言われてきたわけですが、1970年に例の日立の就職差別事件が起こります。それを契機に、在日外国人が日本の中で生活する上での諸権利の問題が提起されてきます。それから女性差別の問題についても、さまざまな性的な役割分担だとか、女性の権利をめぐる問題がこの頃から、大きな社会的な課題として議論されるようになってきた。非常におおざっぱですけれども、こういう経過になってくるのではないかと思います。
 それはある意味では、日本の高度経済成長の流れと対応していくのかも知れませんが、格差の是正、差別の解消、それから独自な立場と言いますか、自分たちの文化への理解というような、いろいろな側面からそれが権利の問題として改めて議論されたり、自覚されたりという経過があります。
 さらに、1979年に国際人権規約というものが批准されます。これはご存じのように1948年に国連で採択された世界人権宣言を条約にする。各国がそれを守って条約に違反することがないように、違反すると一定の縛りがかかるようなものとして、国際人権規約が確か1966年に国連総会で採択されます。そして1970年代の半ばに加入国が一定の数になって、それが実際に効力を持った。それで日本もということになっていくわけですけれども、当時やはり国際人権規約というものが、いかに戦後の国際社会において人権というのが実は国際平和のために非常に大事なんだというふうなことの文脈の中で、戦後の国際条約というものが作られてきたと、国際人権規約はその集大成なんだということを多くの人たちは気づかなかった。これは恐らく、窪委員がお詳しいので、ひょっとすると間違っているかもしれないのですが、国際法の専門家の人たちは知っていたけれども、例えばヨーロッパにはヨーロッパ人権条約というのが実はあるというのを知っていたんだけれども、ほとんどの多くの人たちは全然関心がなかった。解放運動の高まりの中で、あるいは在日の人たちのいろいろな要求の中で、国際人権規約というのが実はあるんだと。これは差別の問題、解消を考えていく上で実は大事なんだと、そういう形で問題提起がされている。本当は、全ての人に関わる条約なんですけれども、日本の国内では私の記憶では1970年代の半ばにやっと、差別を受けた人たちの問題提起によって、そういう国際的な人権条約のレベルというものが示されるという状況になったわけです。それで1979年の5月でしたか、日本でも国際人権規約が批准される。そういう中で国内でも人権問題ということが一つ大きな社会的な課題として意識されるようになる、そういう経過が一つあるわけです。
 二番目に高度成長とともにといいますか、歴史の流れの中で、それと対応して、こうした課題が出されてきた。その後、1980年代から90年代にかけてだんだん社会が変化してくる。もちろん、80年代と90年代を一緒に扱って考えることはできないですが、その中で新たな課題が出現してくる。
 これは、なかなかきちっとまとめるのは難しいのですが、資料にも例えばということで、「大量消費文化」、ごみ等の「環境問題」、いじめや不登校等の「子どもの育つ環境の変化」、それから「若い人の問題」、これは今が特にそうなんですが、将来職業にどう就いていくべきかがなかなか分からないこととか、それから「高齢者の問題」、「世代間のギャップ」、これは従来と比べると、いつの時代にも言われることなんでしょうけれど、特に最近10年ぐらいの間で世代間のギャップの問題、それからプライバタゼーションといわれるいわゆる「私事化」、自分たちは社会の中で生きているんだ、社会のために役割を果たしながら自分たちは生きているんだという感覚よりも、自分たちの個人的な消費とか、欲求とかを満たすということで自分たちの生活を楽しんでいこうと、そういうことが起こっています。
 地域社会でいいますと、自治会とか、PTAとかそういった地域社会のいろいろな組織に、進んで積極的に参加する人たちがだんだん減ってくるという、そういうふうな形で出てくると言われています。そこで社会規範意識というものがだんだん変化してくる、そういう状況が一方で起きてくるわけです。ですから社会の連帯といいますか、社会正義に対する考え方の緊張度が少し変わってくるのではないかということが考えられるわけです。
 そこでそういう新たな課題というものが出現する中で、それをこれまでの課題との関連の中で考えていかなければならないという問題があります。社会連帯の希薄化とか、それと同時に個人は自分たちの私的な生活を楽しむというふうに一見、見えるけれども、同時に孤立化といいますか、友達との人間的な関係というものが薄くなったりするようなことが起こっているのではないか。あるいは、改めて旧来の制度とか、組織の中で個人の役割というものをもう一回見直そうではないかと、そういう議論が起こっています。
 日本では、外国のジャーナリストとか外国で暮らした人たちからの問題提起として、オランダのジャーナリストのフ゛ロフ゛レンという人が書いた「日本の権力構造」という本とか、それから外国で暮らした日本人の人たちの中で何人かが、日本の企業とか組織の中での人間関係のあり方に対していろんな問題提起を行う。そこで、個人というものを改めてどう考えるのかというようなことが議論されたりするわけです。
 そういうことや、これは現在にもつながる問題なんですが、この間、三菱自動車の話があった。それから山一証券の話はだいぶ前ですが、あるいは雪印乳業とか、大きな企業が組織的な対応能力の欠如としか思えないような事柄がどんどん起こっている。そういう意味で組織での課題の対応能力、危機管理と単純には言えませんけれども、現在の状況に対してどういうふうに対応していったらいいのかという見通しとか、それに柔軟に対応していけるような行動力といいますか、そういう姿勢というのが、なかなかうまく生まれてこないという問題も起こっているのではないか、ということが言えるかもしれません。
 そういう状況の変化の中で、改めて社会の変化の中での人権、すなわち人間の諸権利だとか基本的人権についての再確認がやはり必要なのではないか。それで今までの流れで言いますと、「差別のない社会の実現という問題をすべての人々の権利の確立とそれを実現するための社会や生活文化をどのように創るのかという課題として発展させることである」というように書いたわけですけれども、一つは反差別ということです。これは社会的正義の実現や格差の是正、解消それから平等の実現という、あるいは自由の実現ということになるわけですが、それを全ての人々の権利の問題としてどういうふうに考えていくのかという流れの中で、そこを今後どういうふうに発展させて考えていったらいいのかというところが一つのポイントなのではないかと思います。
 それから、近代が生み出した、これも歴史的にきちっと定義するのは難しいのですが、人権という概念の基本的な理解というものができていたのか、どうか。もちろん、権利という考え方については近代の歴史が産みだしたものであって、ヨーロッパが産みだしたものであるから、それが本当にいいのかという議論が一方であります。一方でありますが、基本的にわれわれの社会というものは、いろいろな問題を抱えながらも人々が安全に生活でき、幸せな人生を送れるような、支配と抑圧から解放されるという、そういう社会を描いていることは事実であって、それは人権という考え方が基本的なベースになっていることは間違いないと思います。そういう、人権というものについての基本的な理解というようなものをもう一度、再確認する必要があるのではないか。
 とりわけ、私たちの日本で、権利という考え方がどういうふうにとらえられてきたのか。これは例えば、人権行政とか、人権問題とか、特に人権問題と言った時にわれわれが考えたりイメージする言葉の内容というのは、一つは差別の撤廃、あるいは差別を受けた人たちに対してどういう対処を、救済が行えるのかという、これが大きな問題としてあるわけです。
 と同時に、人権というのは全ての人々がどういうふうに生活できるのかという問題であって、基本的な人権というものが差別の結果、侵されるということがあって、だからそこを何とかしなければならないということなんですが、もともと人権という考え方は全ての人たちが権利を持っているものだと、あるいはそれを社会の中でどういうふうな仕組みを作ったり、どういうふうな制度を作ったり、あるいはどういうふうなルールを作ったりして、それをどう実現していくのかということ、その実現のためにいかに公正な社会を作るのか、あるいはみんなが社会的な責任とか、ルール等をどういうふうに守っていったらいいのかという、そういうふうな問題であって、そういう意味で権利の問題・人権の問題というのは、全ての人たちに関わる問題だと、自分が権利を主張するってことはどういうことなのかということですね。
 それがわれわれの社会ではどういうふうにとらえられてきたのか。正直言いまして、私なんかでもそうなんですが、権利っていう言葉はよく知っているし、今も何回も使っているわけなんですが、自分が本当に生活の文脈の中で権利っていうことを考えたことがあるのかということをとらえ返してみると、やはりそのあたりをもう少し、自分たちの生活の中でこなしていく必要があるのではないかと思います。
 それから次に、「さまざまな個別課題の相互関連や共通点、広がりなども視野に入れるべきではないか」。差別について言いますと、部落差別それから障害者への差別、性差別、外国人への民族差別という、4つの領域という言われ方をされるわけですけれども、最近は、こどもの権利をめぐる問題とか高齢者の問題とかが加わって、もっとあるかもしれませんが、6つくらいが大きな領域の問題だと、個別の課題だと言われています。
 ところが、実はなかなか難しい問題なんですけれども、それぞれの個別の課題の相互の関連とか共通する課題というのは、実際にはあまりはっきりされていないのです。最近、岩波新書で「当事者主権」という、上野千鶴子さんと中西さんという方だったと思いますが、障害者運動に関わっている人とそれからジェンダーという女性学に関わっておられるお二人が共同執筆した本がでましたけれども、その中身の是非についてはここで評価やコメントはできませんけれども、やはりそういう共通の課題として当事者主権というのが大事なポイントになるのではないかという問題提起なんですけれども、そういう形で議論の広がりっていうのが始まっています。
 そういうさまざまな差別をめぐる問題についての違いというのは割とはっきりするのかもしれませんが、共通の課題・共通理解というのがどういうふうになっているのかというのが、あまりきちっとした議論がこれまでなされていなかったのではないか。さらに現在の社会の中で起こっているさまざまな課題の関連とか、共通点とか、問題の広がりなども本当は視野に入れる必要があるのではないかということです。「これまでの差別撤廃のための諸課題の普遍化とか問題の共有化」というのを少し考える必要があるのではないかということです。
 最後に、人権行政の課題ですが、人権施策推進の基本的課題としてどういうことかと言いますと、実は行政の目的というのはそもそも、市民的権利の確立とそれを実現する社会の創造というものを目指して、それを担う市民の育成や市民の成熟、形成への支援や寄与である。あくまでも主体は市民あるいは住民であって、行政はその市民の活動をサポートするというのが基本である。
 ところが現実には、市民と行政の関係というのは従来そうであったかと。これもなかなか実は悩ましい問題でありまして、私も地域活動を地元でやっておりますが、やはり行政の関連するいろいろな団体と市民との関係、あるいはその団体を通した行政と市民との関係というのを考えてみると、どちらかというと明治以来、行政の施策の実施を促進するために、いろいろな行政と関連する、一応行政と離れたと言いながらも、諸団体が行政の施策の実現というものを担ってきたのではないか。
 それはそれで、一定の歴史的な役割を果たしているのかもしれませんが、むしろ市民が自分たちの権利を要求して、その中でいろいろな活動をして、それを行政がフォローするという、そういう形に変えていく必要があるのではないか。少なくとも、人権行政というものをどう進めるのかというのを考えるにあたっては、大変これは悩ましいところなんですが、そのあたりの問題というのを少し課題として意識する必要があるのではないかということが一つ。
 それから、それに関連して、行政の課題というもの、本当はかなり細かい精査が必要なんでしょうけれども、そこまではやってられないということもあるでしょうが、行政の代表的な部署といいますか仕事の中身が、権利の確立と人権の保障とどういうふうに関係づけられるのかというのを、改めてそこは一定の方向を出す必要があるのではないかと思います。
 よく言われるのは、人権行政の確立という時に、行政にはいろいろなセクションがあって、行政の全てのセクションとか業務の中に人権の考え方というものを、あるいは職員の中に人権意識というものを育成していく、行政のいろいろな仕事の中に人権の考え方を関連させていくというのはよく言われます。しかし、実は話はあべこべで、行政そのものが市民の権利っていうのをどういうふうに実現していくのかと、そのための社会のルール作りをどうしていったらいいのかということが、実は行政の仕事そのものであって、何かそれと行政は別のところにあって、そこに権利、人権意識っていうものを注入していくという、そういう話ではないであろう。これは実は、なかなか難しい問題であって、地方自治・地方行政って何だろうかという問題と関わるところなんですが、やはり考え方としては一番、重要なポイントではないかと思います。
 一応私の方からは4つぐらいのポイントで、われわれが今考えておかなければならない、最終的に方針をまとめるにあたっての基本的な視点というのはこれぐらいかなと思いました。
 それで個別の具体的な課題については、ほとんど触れることができなかったわけですが、委員の皆様方からぜひ、これまでのそれぞれのお立場の中で関わってきた、人権についての問題の基本的な課題はこうで、今の状況はこうで、今後はこういう形で行政との絡みも含めて、市民や行政のあり方とは、こうなのではないかというのを自由に、問題を出していただけたらと思います。
 ということで、私のほうからの問題提起はこれで終わりますので、何かご質問とか、あるいはご意見とかありましたら、お願いしたいのですが、いかがでしょうか。

(委員)
 ひとつ提案なんですが、せっかく今日、ワーキンググループから、関係の担当の方が来ていただいたので、これまでの箕面市における人権に関する文章がありますね。それを各部署の中でどのように活用してきたかということについて、そしてどのような点が改善すべきであると議論してきたのか、聞かせていただけたらありがたいと思います。

(会長)
 今、そういうご意見があったのですが、今すぐできますか。

(事務局)
 前回、窪委員さんから、現行の基本方針のどこが実現できて、どこが残っているのかというご提起があって、そのへんの準備をし始めていますが、もう少し緻密にださないといけないということがあります。
 ワーキングを作ったのも、そういう関係課から是非ともだしてほしいと、いろいろな議論をしようということで、今日初めて来てもらったものです。
 次回はそういった議論を踏まえた、現行基本方針の総括みたいなものを出させていただきたいと思います。

(委員)
 はい、わかりました。
山本会長のお話にもありましたし、前回の議事録にもありましたが、やはり大切なのは、昔の部落差別の問題とか障害者の問題でもそうでしたけれども、差別の現実から出発するということです。コミュニティの中でどういう問題が現実に起こっていて、それをどういった人々が取り組んできた、取り組んでこれなかったということを再検討するような形のものにしていかないと、結局、理念倒れ、かけ声倒れに終わってしまうので、そういった現場の人々の痛みや苦しみというものを制度の中にどう取り入れていくのかという方向性を常に考えておかなければならないと思います。
 そのためにせっかくこの審議会の委員の中でも、さまざまな運動の団体とか、関係のグループの方とかに来ていただいているので、そういったものをどういった形で制度の中に取り入れていくのかということです。

(会長)
 窪委員にお聞きしたいのですが、たとえば権利の問題というのは、すべての人たちの生活体系の中で、どういうふうにこなれているかというのがいると思うのです。いろいろな痛みを持って、いろいろな活動をされてきた方の中で、それがどういうふうに考えられてきたのかということと同時に、われわれが日常的な生活の中で、どういった形で権利というものに向き合ったらいいのかという、そのへんで何かヒントになるようなことを言ってもらえませんか。

(委員)
 前にも少し話したことがあるのですが、せっかくこういった良い文章を箕面市の中でこれまで作ってきたのに、それが知られてなかったというのが調査で明らかになりましたね。それはなぜかと言いますと、例えば、一番あの時に問題になったのは、教育委員会が全然動いてなくて、現実に学校で、これは箕面市が決めたこと、箕面市民の宣言として行われていることのはずなのに学校で知られてないとか、結局、縦割り主義が極まり、せっかく決めたことがコミュニケーションとして行き渡ってないという問題があると思います。
 ですから、ものすごく原則的なことに帰って、コミュニティという時には、コミュニティの意思というものは市議会とか、こういう審議会というところで表明され、それが制度や文章として形になるわけです。そうしたらこのことを広めていかなければならない。それが今までなされなくて、いわゆる専門の部署だけが知っていて、肝心な市民が知る機会がなかったわけです。せっかく市民が決めた意思表示を、どうやって知らしていくのかというのを意識して、それをどれだけ実現したのかというものの見方をしていかないと、今度のハ゜オの問題でも結局、一方で「こうした宣言があります、こういうことをやってます」と言っておきながら、当事者は知らないし、周りの人たちも知らないし、だからやっている人たちは、自分たちは実はそういうコミュニティのルールに違反しているってことは意識してないわけです。それをわれわれが意識させたわけですから、あの時は。そういうことを日頃から意識させておけばいいわけです。
 ですから、コミュニケーションのレベルでこれから一つ気をつけて、自分たちのルール、自分たちのまちづくりの方向というものをいかに市民の中で共有していくかということです。

(委員)
 私も1955年生まれなんで、先ほどの会長の提案もまさにそうだなと聞いていたのですが、自分の人権のとらえ方というのが、自分は部落問題から入ってますので、人が人として当たり前に生きていく権利だというようにずっと教えられてきました。しかし、自分のまわりでみると、当たり前になっていない、そういうところから怒りといいますか、それが自分たちの問題なのか、社会の問題なのかというところから出発しているように思います。
 自分の母親なんかも、制度としては中学校が義務化された段階で行っているわけですが、実際には、小学校の低学年からほとんど学校に行ってない、そのために非識字です。読み書きができないということは、社会の中で生きていくためには非常にしんどい状況であった。自分の母親の世代がそうだったということは、何となく周りにもたくさんいますから、そういう意味では差別と貧困という問題は、部落だけではなしに共有している部分もあったのかなと思いました。
 自分が、部落解放運動と関わって一番びっくりしたのは、自分より下の世代でもやはり非識字の問題がでてくる。これはやはり、教育という課題が、生活を自分たちが自立してやっていく上でも非常に重要なことであったのではないかと思います。そういう意味では、教育というところから差別という問題をどうとらえていくのか、という部分を真剣にやってきたように思います。それが先ほどお話を聞いてまして、そうだなと思いました。
 それから差別と貧困という問題をどうとらえていくのかということがもう一つのテーマとしてあった。自立というのが、綿々と流れてきたテーマではなかったかなと思うのですが、運動の中では、自立というのは最近でてきた言葉ですが、実際には、自分たちの中で自立というのはずっと考えてきたような気がしています。
 それは経済的な自立ともう一つの自律とがあって、自律の方はわれわれの誇りだというふうに思っています。被差別であるが故に感じるところ、そういうものを誇りだというふうに考えて、立つ方の経済的な問題ですね、これをこれから考えていこうということで、両方を追求してきたように思いますが、前半はやはり経済的な自立の方に中心がおかれてきたのかなと思っています。
 それで、最近の自分の中での問題意識は、やはり法律が持ってる効果っていうのは、非常に大きいなと思っています。部落問題でいきますと、特別措置法が切れますと、やはり行政全体の中でも、もう部落差別はないというよりは、もともと部落差別というものがとらえられていたのかどうか、いわゆる法律の問題として同和対策、同和事業としての部落問題というとらえ方が、行政の中ではやはり大きかったのではないかと思います。
 したがって、その法律がなくなるということは、今現実に部落差別があったとしても、行政の中でそれがなくなるということが、私も行政の中におりましたので、そういうことで法律の持ってる効果は実は大きいのではないかなとつくづく、最近は感じております。
 そういう意味で、安全に安心して暮らしていける地域というのをどういうふうに作っていくのかというのが、もう一つ大きなテーマとして、最近は感じてまして、法律が持っている全国的な効果というのと、地域の中で作っていくリアリティといいますか、そういうものが実はうまく融合しないといけないのかなと思います。大きな法律だけでは、先ほどから出てますように理念としては、「みんなで差別をしてはいけませんよ」と、こういうような感じがでるのですが、自分の住んでる周りで実際そのことがどんなふうに起こっているのか、それにやはり目を向けていかないといけないのかなということで、最近はやはり地域の中での暮らしづくりといいますか、そういうものに非常に関心を持っています。
 特に部落の場合は特別視をされるんですが、私は箕面の中でも北芝の地域協議会の部分でいきますと、部落も含め、その地域に住んでいるいろんな人たちの多様な要求といいますか、ニーズをとらえて、行政とのつなぎをやりながら、実際に施策をやってきたと思うんですが、これは今考えてみますと、最近言われております社会福祉協議会がもっているコミュニティワーカーの機能だと思うんです。そんなふうに考えると地域協議会というのは、実は特別ではなく社会福祉協議会そのものであって、地域の中での社会福祉協議会の役割、これが実際には小地域ネットワークという形で運営が進んでいっているわけです。特別のように思えますが、実は地域の中で人々が安心して安全に暮らしていくということでいくと、社会福祉協議会がもっているコミュニティワーカーというものと非常によく似てるなと、最近思っています。
 そういう意味では、高齢者の問題、子どもの問題も出てきたということですけれども、住んでいる地域をみると、もともと多様な人たちがたくさん住んでますので、その要求を実はきちっととらえられる機関というのは行政と連携してすでに持っているのではないか、そういうのが機能していくというのが今後必要になるのではないかと思います。
 ですから、特別ではなくて今までやってきたことが、実は今の現状に置き換えてみますと、先ほどありました諸課題の普遍化であるとか問題の共有化というのは、実はもう高齢者の問題が入ってきて始まっているのではないか、それにあまりわれわれ自身が気づいてない、そんな気が最近はしています。

(会長)
 ありがとうございました。一つだけ最初のほうの話で、法律の持っている効果として法律の問題をおっしゃっていただいた。逆に行政は同和事業としての部落問題という、そういうとらえ方をするわけで、逆にそれしかしてないというようなことかと思います。

(委員)
 いいえ、そこまでは言ってませんが、組織風土として、やはり行政のもっているもの、なにか権力を執行していくという部分でいけば、どうしてもその部分だけに縛られがちで、もちろん個々人でみれば考えておられる行政マンはたくさんおられると思うのですが、全体でみれば、やはりそうなるのかなと思います。

(会長)
 今、お話のご趣旨とは少し違う方向で質問したのかもしれませんが、少しそのへんのあり方っていうのをどういうふうに考えていくのか、法律というのが、われわれ市民にとってどういう意味があるのかなっていうところの議論かなと思ったもので。ありがとうございます。
 なかなかおもしろいお話で特にコミュニティワーカーというのは、社会福祉協議会の中で、すでに立ち上がって活動しているものなんですか。

(委員)
 どうでしょうか。最近言われだしているようなんですが、まだそこまで文化としていきついてるかというと、そうではないと思うのですが、現実リアリティの問題でいけば、生活というところに根ざすと、すでに権利という問題は、だれかがコーディネートしないと実際にやっていけないことが起こってきているのではないかと。

(会長)
 そうですね。それは子育ての部分でもそうだし、地域の教育の問題でもそうだし、いろいろな問題をつないでいくということだと思います。そこでどういうふうな関係で要求を整理して、それを発信できるかということでしょう。

(委員)
 私が思うのは、まちづくりの推進という中で、いろいろ理念だとか、市民参加条例というのが、平成5年ぐらいからいろいろでていますよね、まちづくり推進条例とか。その中で次々と新しい条例がでてくるのはいいことかもわからないのですが、今までに条例を出されてきた結果を問うべきだと思うし、その中でこと細かく、いろいろな問題も、実際問題としてどういうふうな結果になってるのかというのも考えるべきで、また把握し反省した上で、次を新たに考えていくとか、足らないところも補充していくということも必要だと思うわけです。
 私も在日ということでこの審議会に参加させていただいてるのですが、子どもたちに民族教育とか、それ以前にまちづくりっていう中で、親自身が自分が在日であるっていうことを地域の中で言えない状況であるっていうのが事実あります。まして、親子関係の中でも子どもに対して、在日であるってことを知らせてない家族もたくさんいらっしゃるんです。それは家族の問題でもあるんですが、地域の中の問題でもあって、私が考えて欲しいと思うのは、学校の民族学級なり民族教育っていうのであって、これは箕面では無いと思うのです。それで私は少なくとも、民族学校に行って少しは民族的なことを勉強したりして、少しのプライドを持つこともできたのですが、なかなか箕面市の地域の中ではすごく難しい問題だとは思うんです。
 それで今の若いお母さん方は特に、そういう部分から離れているところがたくさんあったりするので、教育委員会だとは思うんですが、小中学校における民族教育みたいなものを新たに何かしてほしいというのがあります。

(会長)
 一つだけお聞きしたいのですが、箕面の在日の方々の中では、バラバラになっているっていうのが現状ですか。

(委員)
 私もそういう会に入っているんですが、そこにでてきたら在日であることがわかるっていうのと、大阪市内から移って来たという人が多くて、日本人のように住んでおられるとか、あと帰化したりだとかして住んでおられます。
 だから、自分はほっといてほしい、触られたくないという、大阪市内に住んでいても、いろいろ差別があったりだとか、静かに暮らしたいということで箕面のほうに来るわけで、私たちの会があるっていうのを知ってるのか知らないのか、そのへんも定かではないんですが、隠れた部分では友だち関係を作りたいとかは意識的にあるとは思うんですが、行くっていうことが人に知られることになるので参加者はほんのわずかですね。
 私たちの会の中でも、夫婦が両方とも在日であっても子どもは日本人であると教えていたり、そのあたりは家族の課題であったりして、私にしますとすごい信じられないことだけれども、家族にしてみれば切実な現実なんですよ。だからそこをどういうふうにしたらいいかなと。
 周りで何かできることといえば、学校だとか、意識的なことで親を勇気づけたりだとか、大丈夫ですよというような環境みたいなものがあるべきだと思うし、大阪市内でそういうことを言うと、自分自身がそういうことで分けるのがおかしい、国際的であるのにわざわざ自分は韓国であるということで、大阪市内ではそういうふうに思わないよ、孤立しすぎだとか、意識しすぎだとか言われます。またそういうのは考えすぎだ、古い考えだ、昔の考えだとも言われますが、事実、起こっているということでそういう人もたくさんいるので、何とかしたいという気持ちはあるんですが。

(委員)
 私は、障害者のことについてなんですが、地域もそうなんですが、いいことを書いても、行政としてこれから具体的にどう解決していくのかというのが、一番大事だし、また教育の面でもそれをどういうふうに教えていくのかというのがすごく大事だと思います。やはり、小さなことであっても解決できる行政であってほしいとすごく思います。
 そのネックになっているのがやはり縦割り行政と予算の問題。結局、予算と縦割り行政で壁にぶつかって、解決できないことがすごく多いと思います。そこを行政がどう考えるかということが一番気になるところです。
 そして問題が起こった時の連携プレー。パオの時もそうですし、パオの時に各課がどう動いたのかというところ、行政自体がしっかり人権ということを、普通に生きる権利ですね、そういう感覚が大事なんだということを各行政マンが持ってほしいというのはすごく思います。そして、ここで縦割り行政なのですが、そこで解決できなかったらでは次にどうしましょうか、となると思うのですが、やはりそれが欠けているから縦割り行政のままなんだなと思います。

(会長)
 今のお話を聞いてまして、行政の方には少し申し訳ない言い方になるかもしれませんが、われわれの大学の中でも実はそうでして、行政だけではなくていろいろな組織で起きていることです。先ほど、あまり良い例ではないですが、三菱とか山一証券だとかいろいろお話をしましたけれども、今起きている課題に迅速に対応できるような組織になってないというか、旧来の組織のやり方でやっていったら、現在あるさまざまな課題にきちっと対応できないというような、そういう状況にどんどんなっていくというのは一般的に言えることだと思います。
 子どもの問題でもそうだし、教育の問題でもそうだし、おそらく学校現場でもそうだと思うんですが、そこをやはり大きな柱として当然、言わないといけない。おまけにそこで一人の権利というものをどういうふうに守っていくのかという、その課題に対して、それを現実に解決できるようなシステムというか、あり方をどう作っていったらいいのか、これはかなり問われるところだと思います。
 ですから、これも副会長といつもいう話ですが、例えば「すぐやる課」っていうのができて一時流行した。でもあれはおそらくいろんな組織にまたがっているいろいろな権限を、「すぐやる課」の職員が一手にその権限を持って、要望に対応するためにその権限を使ってやるということではなくて、今はむしろ、そういうことを行政全体の中で、例えばプロジェクトチームでも作って、特定の課題に対して機動的に対応できるような、そういう仕組みのようなもの、そこに例えば市民のボランティアなり、さっきのお話でもあったコーディネーターの人と連携する中での対応をやっていくような、そういうことがどんどん必要になってくると思います。

(委員)
 皆さんが言われてたことと多少、重なる点があると思うんですが、まず山本会長が言われてた、日常の中で自分の権利を感じることということなのですが、自分の話をさせてもらうと、自分は8月6日生まれなので原爆記念日なんです。いつも8月6日というと、登校日だとかいって夏休み中だけど学校に行って、ちょっと怖い映画等を見たりとか、私の両親も戦争に対する考え方だとか、8月6日に生まれたのでそれにちなんで名前をつけられたりだとか、そして戦争になったらすべての権利が奪われるんだ、まず最初に人が死んでしまう、みんな死んでしまうってことがあるような気がしています。それで今、障害者の人と一緒に働いているのですが、自分の周りに障害者が一緒にいててすごく自然に、自分はできるのにその人はできないということが出てきたりします。それは何でできないかというと社会的な状況の中で、たとえば車イスだったら同じところに行こうと思ってもちょっと段差があったら行けないだとか、家を借りようとしてもなかなか見つからなかったりだとか、自分が普通に権利として持っているものがその人には権利としてない、ということに気づいたりするわけです。
 障害者の人だけではなく、周囲にいろいろな人がいてて、いろんなことで権利が侵害されている人っていうのがいるんです。例えば宗教に関しても、自分は無宗教な人間なので、宗教に対して多少敬遠する気持ちとかあったんですが、実際宗教を信じている人に出会ったりして、その時に自分の言った不用意な言葉でその人を傷つけてしまったりします。いろいろな人に出会うことによって、「そうか、当たり前に差別していたんだ」ということに気づくというか、そういうことが多かったと思うので、やはりいろいろな人がいるっていう状況というのが、普通に生きていて権利を感じられるということにつながっていくような気がします。
 そのためには例えば、障害者の人が普通にまちで暮らせたりだとか、在日の人が「自分は在日だ」といっても差別されなかったりだとか、部落差別のこととかで学校でいじめられたりしないだとか、そういう状況がないとその人は、そのことを言えなくてずっと黙ったままになってしまって、多様な人がいるということに気づかないと思うのです。
 あと方針のことで言うと、今いろいろなまちづくりの方針などがあって、箕面市の人権宣言など、素晴らしいものもたくさんあって、すごくいいと思うんですが、方針と現実とのギャップというものをすごく感じていて、例えば障害者のことにどうしてもなるんですが、まちづくり条例等にみんなが住めるようなまちと書いてあっても、実際に家を借りようと思っても借りれないとか、電車に乗ろうと思ったら、障害者の人は例えば桜井に住んでいる人達は、一度箕面駅に戻ってからじゃないと梅田方面に行けなかったりとかで、ただでさえ障害者は時間がかかることが多いのに、より時間がかかる目に遭わされたりで、全然権利が保障されているとは言い難かったりとか、良いことがたくさん書いてあっても、こうしたことが全然達成されているとは思えなかったりします。
 行政評価も箕面市で今やっているんですが、その行政評価も方針に基づいてされていることもあると思うんです。例えば住居のことに関することなどで、借上公営住宅がどの程度進んだとか、評価目標がどの程度達成されたかとか、インターネットでも公開されていてそれ自体はすごいことだと思うんですが、それが人権という視点からされているかどうかっていうところではすごく疑問があります。まずこの目標はどういう視点で決めたのか、この目標自体がすでに少ないのではないかとか、評価している内容でたとえば、障害者の日中活動、要は養護学校を卒業した後の日中活動の確保っていうのが「100パーセント確保」となっているのですが、そのことだけ評価してもその中身で、いったいどこに日中活動にいっているのか、そういうことも含めて、障害者の人の中には働きたいと思っている人もいて、ただ単に日中活動をしたいと思っている人ばかりではないんです。本当は働きたくても、しょうがなくデイサービスに行く人なんかもいるんです、行き場がなくて。
 そういうことも含めて評価しないと、ただ単に日中活動の場が確保されているで100パーセント、これで評価されてますというような行政評価っていうのは、少し市民の目というか私の目から見てピンとこないのです。本当に評価されてるのかというのを感じないというのがあって、だからもっと人権の視点を持った行政評価を担当課の方と調整してやってもらいたいなと思います。
 それから先ほども伊藤委員がおっしゃっていたのですが、縦割り行政と予算がないという、それは本当にそうで、条例でこう書いてあるといっても、結局は予算がない、24時間の介護保障なんかも当然、個人の権利としては憲法で保障されるべきものなんでしょうけれども、予算がないから無理とか、そういうことがすごく多いので、ちょっとどうかなと思うのですが。
 なぜ縦割りになるのかなということも自分なりに考えたんですが、もともとこのことはどういうことのためにやっているのかということを、途中で忘れていると言うのは行政の人に失礼なんですが、どこかでそのことをちゃんと認識してもらっているのかなと思っています。
 これはどんな人のためにこういうふうに決めたのかという。それで日常生活では、縦割りでは生活してないんですよ、人っていうのは。割ともっと柔軟なものなんですが、限定されたことになっていて、行政の福祉サービスなんかもそうですが。生活の中でどういう人が、どのようにこれを利用しているのかという、その人を見るというか、全体的なことを見るというところが欠けているから、縦割りになってしまうのかなと、私は感じています。

(会長)
 行政の人にコメントを求めるということは今は流れがあるのでしたくないんですが、「行政評価システム」のことについて皆さんご存じかどうか不安なんですが、今既に行われており、インターネットでみれるということなんですが、具体的にはどういう観点で、どういうふうな評価が行われて、それがどう活用されるのかというような説明を、簡単にできるのでしたらお願いしたいのですが。

(事務局)
 簡単に言ってしまうと、限られた資源、行政のもっている人・もの・お金を、どう効率的にどの事業を対象に投入したら、一番効率的に運用できるのだろうかということが主なテーマだと、今の段階で考えています。
 もう一つは顧客志向というか、行政が勝手に決めるのではなく、市民の満足度に応えうる施策をしなければならないということで、いろんなアンケート調査を含めてやっているというのが一つあって、その市民満足度を高める施策をより効率的に進めるというところで、あまり市民満足度が上がらないような事業は廃止して、予算なり人を市民満足度を高める施策に投入しましょうというものです。ただその時に、市民満足度をどう捉えるのかというのが、ものすごい大きなポイントだろうと思います。
 それで先ほど細谷委員が言われたように、本当に一人ひとりのところで人権をベースにした行政評価になっているかといいますと、はっきり言いまして、なっておりません。たぶん、全国をみても、そういう人権を切り口にした行政評価をやっているというのはあまり聞いたことがない。一つ懸念するのは、人権を切り口にした評価、それを満足度といった場合に一定の指標をとりますが、その時により多くの市民がよりたくさん満足するということになると、多数派の意見に集約されてしまう。それで差別の問題をとらえる時に、マイノリティというのはあくまでもマイノリティですから、そういう評価をとった時にやはり少数の満足しか得られてないではないかという結論しか出てこない。そこをどう行政評価として、人権を切り口にした時に、対象が少ないところでもより多くの資源を投入するべきだということを考えていくのが、人権をベースにした行政評価の課題であろうと思います。ただこれは非常に難しいと思っています。

(事務局)
 先ほど細谷委員が例に挙げられた、障害者の日中活動が100パーセントになっているという件ですが、それぞれの事業で、できるだけ簡潔明瞭に目標を設定して、それが実現できたかどうかというような一つの指標を作っているということです。

(委員)
 人権を視点としたっていうほど、実は大げさなものじゃないとひそかに思ってまして、当たり前かなと思っています。でもそれが行政的にいうと人権を視点としたっていう言葉になるのかなと、今思いました。

(会長)
 いずれにしても今のシステムの問題もあるけれども、現実にやはり今、委員の方からいろいろ意見があった、例えば条例を作ってきたけれどもどうなっているのかとか、そういう行政がやってきたいろんな施策についての評価っていうのは、当然出てくる話だとは思います。

(委員)
 私など言語障害があるとなかなかしゃべりにくいというのがあるんですが、例えば当たり前のことというか、ずっと前から言っていることなんですが、障害者と健常者が一緒に並んで歩いていると、必ず障害者の方に声をかけない、健常者に声をかけるんですよ。例えば映画館でも入ろうとすると、私に聞くのではなく、付き添いの健常者に話しかけるというのが普通のこととしてあるんですよ。それは映画館だけではなしに、買い物に行ってもなんにしてもそうでしょう。車椅子の人間に聞くなんてことはまずないです。そういう身近なところを考えないといけないと思うんですけれども。

(委員)
 皆さんが、行政がなぜ縦割りなのか、縦割りだから人権意識だとか、人権施策が進んでいかないんだとおっしゃってますが、私はそれは逆だと思います。人権意識がないから縦割りなんですよ。つまり、責任とかそういうものを、自分たちのところに寄せないという制度になっています。そこには個々の行政に携わる人たちに人権というものは存在し得ない、だから縦割りなんですよ。
 そのことを前提にすれば、例えば先ほど委員の一人がおっしゃっていたように、法律の力、それから制度の力っていうのは否定しようがなくある。ただそのことが反面、人々の力をそぐという側面も持っている。法律があることによって、人々が闘わないといけない、あるいは法律や制度があることで物事が自動的に動いていくような錯覚をもっている。それはなんと言っても先ほどから議論しているそれぞれの差別、そこからの原動力で人々が動かない限り、法律があろうが制度があろうが本質の部分は何ら変わらないと考えています。
 それから、私は行政の人と長いつきあいがありますけれども、箕面市の行政はものすごく有能だと思います。だれが人権施策の部局に来てもちゃんとこなす、本当にそつなく。でもそれが問題なんです。だれが来てもちゃんとやるということが。だったら、それは選挙と同じではないかと。選挙の時に各候補者が目一杯、この街を良くしますといいことばかり言いますが、それを全部実現してくれたら、何も文句はないのです。でも、当選したら、だれもそれをやらない。こうした部分と、行政が言っている人権施策のスタイルが、私はよく似てるなと思うわけです。今日のたたき台にもありますように「世界人権宣言」から始まる、それから会長がおっしゃっていたみたいに、われわれの生活の場面で自分たちの人権がどのようになっているのかというのを考えるのなら、私は個別から出発して、山に登るより、世界人権宣言まで登りたい。まず最初に世界人権宣言があるから云々と言われるともうすでに、ゴールは同じなんだと。ゴールとスタート地点は全く同じところにあるわけで、議論する必要がないわけです。
 やはり、われわれが大事にしないといけないのは、人として当たり前の権利といった時の、その当たり前とは何だと、当たり前の多様性みたいなものを、少なくとも人権施策の中の大きな部分として説いておかないといけないと思います。
 当たり前というのを、例えばある人は、お金を儲けて、いいもの食べて、いい生活するのが当たり前だと考えている。またある人は貧乏でもいいから愛する人と暮らすのが当たり前だと。またある人は、そのどれでもないのが当たり前だというのが現実にあるわけです。先ほど、武藤委員がおっしゃっていたように、障害を持っているということで当たり前というのは、やはり守られるというイメージがあると。「本人に言いなさいよ」と言われると、その人はしぶしぶ本人に言うけれども、その人はどう考えているのか。わがままなことを言う人だなと思っているわけです。それが聞いた人はそれが当たり前だと。聞かれた人はそうでないのが当たり前だと。ものすごく保障されている公務員と焼き鳥焼いている人と、どっちがどうなんだと、当たり前と言われたらどうなんだと、そういうふうなことを思っています。一度、当たり前をみんなで議論したほうがいいと思います。

(会長)
 やはり今、当たり前は何かというのを時間があればもう一度、後で言ってもらえたらいいと思いますが、逆にいろんな委員のお立場とかご経験から、むしろその当たり前とはこうなんだ、ああなんだということで広がりだとか、いろんな議論のつながりができてきたらいいなと思います。最後に副会長にまとめてもらうというわけではないですが、お願いします。

(副会長)
 当たり前のことが実は当たり前でないっていうのが、私もずっと考え続けてきていることですが、私自身のことで言うと、会長や井上委員よりも年齢もちょっと上で、もちろん民主教育を受けてきたんですが、父親は少し文字を書けましたが母親は書けなかったということで、貧困であったと思います。また明治生まれということもあって、ジェンダーが強いということもありました。父親は職人だったんですが、戦争の後、絶対に日本は戦争に負けないと思っていた人だったものですから、生きる気力がなくなってしまいまして、しかも母親が全然働かないですから、家もなくなるし家財道具も売りに出すというようなこともあったんですが、その時でも生活保護を受けなかった。それで私は栄養失調になりまして、それでも全然知らないわけですね、そういう権利があるということを両親ともに。その時にちゃんと生活保護を受けていたら、あんなふうになっていなかったのではと今は思うんですが。
 そういう中で、自分の意識の中のカテゴリーとして、どういうのが私の中で定着しているかといえば、生活保護を受けるのは恥ずかしいという思いが非常に強くあって、これは恐らく、私の世代はほとんど持っていたのと違うのかなと思うのですが。戦後の民主主義教育といっても内実はそういうことであって、例えば私の娘が不登校になった時に、教育を受ける権利があなたにはあるんだってことを言えなかった、つまりそういう自覚がないわけです。それでどう言ったかというと、落ちこぼれになるから行けと言ったんですね。私自身は、自分が市民的権利の主体であるというのをおこがましくて言えないというのがあって、やっと気がついてきたんです。こういうふうに話ができるようになったのも、差別の問題と関わったのが大きなきっかけだったんですよ、私にとっては。
 そういうところで公務員になったんですが、公務員になったのは、先ほど委員の方もおっしゃいましたが、経済的自立というのが一番大きな目標だったから、それでなったわけです。それで部落問題と出会って、仕事をしてきました。その中で、広報という部署にいるのが長かったのですが、その時にいつも同和対策事業をやって広報紙に掲載した時に、匿名で電話がかかってきて、どういうことを言うかというと、「なんで部落にばかりお金を使わなければならないんだ」という話、一貫して損得問題なのです。ということはつまり、住民の側に権利を確立するという施策を自分ともつながっている問題だという認識がないわけです。私の知り合いのイタリアの人といろいろ話をしますと、やはり部落問題については経過がわからないけれども、近代社会の原理である市民的権利の自由が保障されてない状態にあるという、そんなおかしなことはないだろうと、みんなが言います。ところが、そこらあたりがどうも抜け落ちてるなというのは、一貫してずっと市民意識の中に感じてきました。私自身もつながっているところがあったと、感じているところがあります。
 それから先ほどからの議論の中で、なぜ人権の問題が、いろいろないい施策や方針が生まれても全庁的に行き渡らないのかといえば、要するに人権推進の部署だけが人権をやっているんだという認識が非常に強くて、私も行政にいたのでよくわかりますが、企画のセクションで、自分のところが人権行政をやっていると考えているところはおそらくないでしょう。つまり、どこの部局も人権を確立しているという意識はおそらく、まったくないと言っても過言ではないと思います。そこが一番大きな問題だと思います。そこがないから行政とは一体何をするところだということが明確でなく、権利侵害を受けている人に向かないわけです。これから救済の問題とかいろいろ出てきたら、全庁的な認識を深めていって、どこでも人権侵害の救済をやらないといけないという意識を持たないといけないはずなんです。
 そこでいったら、先ほど細谷委員がおっしゃいましたが、やはりいつもそこのところでは人権の部局は一生懸命やっているけれど、他部局は知らん顔をしているという状況は、どこの行政でもあります。だから、山本会長も「行政の目的は市民的権利の確立とそれを実現する社会の創造である・・・」と書いておられますが、当たり前のことで、教育権の保障は教育委員会がやっているし、福祉権は福祉の部局がやっているし、住宅権は住宅課がやっているという、これは当たり前のことなのに、それさえも自分のところは人権とは関係がないということを言ってしまう状況があって、それは日本の行政の一番大きな問題がそこにあると思うんです。
 だからいつまでたっても人権というものが、内実化しないというところがある。ですから、今度の人権行政基本かた針の中ではその部分はきちっとしてほしいと思います。
 やはり、当たり前であるということの原理原則はきちっとやらないといけないと思うんですが、それははっきり言うと、要するに行政=人権行政だと、一般行政=人権行政なんだという立場をはっきりさせるというのが絶対に大事だと思います。それで課題別行政というのは、その中で市民的権利を奪われた人の問題に対して、それぞれの部局がそれぞれの責任においてやっているのだという、つまり関係性をきちっと明記しないといけないと思います。
 私は将来、例えば先ほどありました行政評価システムの中で、満足度の中にそういうものがでてこないというのは、結局のところ、満足度というものの原理原則がはっきりしてないからである。それは絶えずそういうところというのは、全ての人が当たり前に人間らしく生きているという状態が、つまり人権を確立するということが満足度の一番の指標になっていくことが当たり前のことだと私は思います。例えば、よく企画部なんかでは総合計画の中に、幸せのまちづくりということなんかがありますが、では幸せ一般というのはどこに向くのかという話ですよね。
 近代社会の原理ということがはっきりしていたら、近代社会の原理って何かというと、要するに全ての市民の人権が保障されていると、そういう侵害されている状態があったらすぐにそれが解決されるという状態にいつも行政が向いているということでなかったら、幸せのまちづくりっていうのは空文句にしかならないと思います。私も過激なことを言いますが、私は行政にいて実際、人権部局にもおりましたので、いつも企画とのやり合いの中でこの問題があったんです。
 一つ例をいいますと、私が辞める時に総合病院、市民病院ができた。その時にどういうことが起こったかというと、私は市民病院の準備室に、部落問題と、少なくとも同和行政と障害者の行政と、女性政策の行政と在日外国人の行政と、病院の事務局と一度プランニングをすり合わせする必要があるのと違いますかと言ったのです。ところがしなかった。そうするとどうなったかといいますと、障害者の団体などとの対市交渉になった。その時に、障害者の方のアクセスの問題とか、駅を降りてから病院までの件でどういう答えを言ったかというと、それまでの古い病院は少なくともアーケードで行けたんですね、車イスで。ところが、新しい病院ができてからはそうでなくなった。その時の病院準備室の答えはどうだったかというと、「景観に配慮してるから」と言ったんです。40度の熱があって、車イスで雨ざらしの中で、どうやって行くのかという部分は全く欠落しているわけです。そういう話の中でもう一回やり直しだということになりました。
 それから部落問題の話、識字の問題、在日外国人の部分で多言語表記の件、それから女性問題のことになってくると、トイレの中に男性も女性もベビーベッドがあるのかないのか、あるいはイスがあるのかないのか、というようなことも問題になってきて、そういったことも話をしましたけれど、全部は実現しませんでした。
 つまり、豊中の公共施設でも障害のある人のためのスロープができてなかったということで、やり直しを何億もかけてやったということもあるわけです。ですから、まちづくりを進めていく時の根幹にそれをちゃんと据えていたら、そんな無駄なことをしなくてもいいし行政が何をするところかというのがはっきりするのに、なるべくそこから逃げよう、逃げようとするところがやはりあります。
 だから、私は今、こうした議論を聞いていて、一番大事なのは、行政=人権行政なんだという立場をとにかく市のトップから隅々まで行き渡らせるということが必要であり、また人権行政基本方針を書く上で、原理原則をちゃんと書いた上でやらなければならないことがたくさんあると思います。それは救済するということをどの部局もやらないといけないし、自分たちが人権行政を担っている職員なんだということの研修も絶対必要だということです。それが、例えばパオの問題でもみんながどういうふうに共有しているのかということも必要になってくるだろうと思うし、私はそういうような人権行政基本方針を期待します。

(会長)
 ひとまず皆さんにお話しをしていただいて、先ほどの当たり前の話もあるんですが、それぞれのご発言の中で相互に何か、質問とかご意見とか、もしあればお願いします。

(委員)
 先ほども病院のことが出てましたが、箕面でも一緒のことだと思います。私なんかは、市立病院やライフプラザなどで会議があっても送ってもらわないといけないのです。そういう意味では車とかを手配しないといけないのです。例えば、障害者施策推進協議会というのがあるんですが、その会議に出席しようとすると送ってくれる人間がいないと、参加できないというのがあります。ですから、少なくとも障害者という名がついている会議だと、障害者が参加するのが当たり前だと思うのですが、障害者が参加できない会になっているというようなことがあるのです。ですからそういうようなことがある、ということを言っておきます。

(委員)
 先ほどの副会長の発言の中で、部落のことでいうと「識字」って何ですか。

(副会長)
 学校教育を受ける権利というのが、ずっと保障されてきてないんです。それは部落問題だけではないんです、在日の方の問題も一緒なんです。これは実現されなかったかもしれないですが、問診票を出して、そこに書いてくださいって言うのです。そこには全然、配慮がないですよね、ぱっと出しただけですと。だから、聞かないといけないこともありますね、お互いに対面して。そういうシステムを作ったらどうかとか、いろいろ言いましたが、結局実現しませんでしたが。
 ですから、ものすごい無駄でしたよ、さっき言った豊中の話は。いっぺん元に戻ってしまったのですよ、計画自体が。

(委員)
 駅から病院まで何もないんです。景観に配慮したといっても、池を潰して作ったんですから、景観も何もない、と言ったんですが。

(副会長)
 だいぶ言いましたね、あの時、誰かが。そういうことを発言するっていうことは、一体誰のために行政をしているのかというスタンスが、全然ないということです。

(委員)
 行政は絶対に誤りを犯さないと、この考え方が今でも根づいていると思います。だから、言われた時に景観の問題ですと言った担当者も、苦しかったのではないかと言う気がしないでもないんですが。
 行政評価が出てましたけれど、行政は絶対に誤りを犯さないというあたりの思想性というか、それが合わないように思うのですが、そこは抜いたままやはり行政評価がされていくような気がします。だから、市民には向いてないのです。片方でやはり、先ほども予算の話もでてましたが、予算を削るための、原課を締め付けるための道具であったり、予算獲得のための評価であったりと、こういう方向性を感じている職員が多いと思います。
 人権ということになると、なかなか人権では予算が取れないというのが、やはり意識として出てくると、行政が持っている目的とは何かということが、改めて問われないといけないと思うし、行政評価はそれが問われるところだと思います。
 かといって市民の側も、行政評価をだしました、どうですかと言われても、結構困るんですよ。先ほど、市ホームページに載っていると言ってましたが、実際見る人はいないと思います。また見ても何が書いてあるかが分からない。施策そのものが分かりませんから、それを評価してもなおさらわからない。実際関わっている人は分かりますが、そのあたりが少しでてました、方針と現実のギャップというようなものがあるのかなという気がします。

(副会長)
 ずっと行政の中にいてわかるんですが、常にそういうところっていうのを曖昧にするんですよね。満足度って何、またどういう方向性に向いているのか、原理原則ってどうなのかということになってくると、分からなくなってくる。先ほど、辻課長がおっしゃったように、少数者の意見ということと多数者の意見ということになれば、原理原則にならないですね。本当は、行政は何をしないといけないかというところから議論が始まらないといけないと思います。これが抜けていますね。
 はっきり言いますと、人権行政の担当は、そちらの部局ですというスタンスが全庁的にありますから、私の部署は関係ありませんというスタンスですね。そこのところを越えないといけないと思います。
 過激なことを言うようですが、私は将来は、人権企画部にしたらいいと思います。企画人権部でもいいですが。そうするともっと効率よく、きちっとしたものができると思います、行政評価システムも。箕面が全国に先駆けてやってもらいたいという気があるんですが。

(委員)
 今の行政に志高い、理念高い人権行政を求めるのは、基本的には無理があるような気がします。行政自体が明治以降、積み上げてきた歴史、重さを考えると、そんなに簡単に行政が謝るとは思えないです。

 だから、高邁なことをいわなくていいので、一歩ぐらい前に、つまり行政がそうなのはたぶん市民もそうだからです。市民と行政が乖離しているはずがないのです。市民がこれぐらいのレベルであったら、行政も同じようなレベルであるわけです。

 それを考えれば、そんなに高邁なことではなくて、一歩あるいは二歩、時代をリードしていくような基本方針を作っていくことが、少なくとも私にとっての獲得目標です。行政は人権行政が全てなんだということは、まさしくそのとおりなんです。しかし、これもまた危険で、そう言うとまた行政もそのように言うのです。それはまた逃げ口なんです。

(副会長)
 それはもし将来、企画人権とかいうことでまちづくりを進めていくのに、つまり市民的権利の確立ということを公開において、行政評価システムとか、方針とかができるっていうのは、私は担保だと思います。
 つまりそれができた時に一番だれが励まされるかといえば、こう書いてあるではないですかと言う人が励まされる、ということだと思います。それを生かすか生かさないかというのは、それこそ市民意識が向上するかしないかということも、またそこに課題が出てくるわけですが、それを使い切れるかどうかということで。
 そうするとオール行政が人権行政だということも実体化してくると思うから、私はそこはやはり必要だと思っています。建前というか、原理原則は、やはりきちっと置いておかないといけないと思います。もちろん、それに至っていく方法としては、丁寧に書いていくということは必要だと思いますが。

(委員)
 悪かったら謝りましょうというような方針を作ってほしい。絶対に行政は謝りませんから。今だかつて行政が、これについては非常に悪かった、すいませんでしたと、頭下げたことは見たことも聞いたこともありません。個人的にはそう言う人はいますが、組織としてはそういうのは全くない。行政施策が間違っていることもあるし、市民の意見もいつもいつも正しいという、そんなこともないのであって、だからお互いに悪かったら謝ろうと、なるべく正しいことをやろうということで。

(副会長)
 それは参考書でつけたらどうですか。人権行政基本方針副読本という。

(委員)
 結局、市民と行政はくっついているとおっしゃってましたね。まさにそのとおりで、市民の方も高邁な理想をうち立てて、行政も高邁な理想をうち立てて、お互いに切磋琢磨していかないといけないということかと思います。
 つまり、今までの市民運動の悪いイメージというのは、自分たちが主体的な運動を担っていって、行政はこれっていうのではなくて、自分たちがやらないで行政だけに責任を押しつけるという、そういう悪いイメ一ジが一方でありますね。だからそれがありますから、行政の悪い方の人達にとってはすごく合致している、つまり悪い方での合致があるわけです。
 だから先ほどでた行政評価とは、まったく行政マンが馬鹿な証拠で、つまり「人とものと金を効率的に運用していく」というのは、企業の論理ですよ。これは自分で自分の首を絞めているようなもので、もう市も失くしましょうと言っているようなものです。これに対して、自分たちは反応できなくなってしまっている。つまり知的レベルが恐ろしく低くなっているわけです。
 けれど、それをしないのは市民のほうが突き上げをしてこなかったからですし、そもそも先ほど辻課長がおっしゃっていたように、企業論理でできないものをやるのが公的な部門なんですから、効率性を顧みないでやらなければならないことが憲法上とか、人権とか、お金の価値ではないところで、障害者の費用とか使わないといけないし、またサービス等もやらないといけない、お金が動く動かないに関係なく、やらないといけないわけで、だから市民は税金を払っているわけです。
 ですから、そういう論理を出していって、ちゃんと全ての市民の中で合意された、市民目標を達成するためにお金を使うんですよ。それが有効に使われているかどうかをわれわれが評価するのであって、別に人のお金でものが効率的に作られているかどうかは、関係ないわけです。
 だから、そういうものを評価するための指標というものを市民の方も行政の方も、自分たち独自のものを出していって、お金の計算に振り回されないというものを出していかないと、企業にどんどんもっていかれると思います。

(副会長)
 そういう方向性がやはり、本当は市民的権利というものの確立というか、それが幸せの原点だと思います、どれだけやられているかという。そうしたら、各部局がどれだけ自分のところが市民的権利の確立をちゃんとやれているかというのが、自分のところの評価の基軸になりますね。

(会長)
 はい、ありがとうございます。なかなか、議論が盛り上がってきましたけれども、どうでしょうか。
 まだもう少し時間があるので、今日せっかく、行政のワーキンググループの方にお見えいただいているので、今までの議論の中で、もし何かコメントとか、こう言われましたけれども、私のところではこういう課題でこうやっているんですとか、もし何かありましたら。
 絶対言ってくださいとは言いませんが、せっかくおいでいただいているので、一言、今の状況とか、それはこういうことですというのをもしだしていただいたらありがたいのですが、いかがでしょうか。急に振ってすいません。

 (なし)

 そうしましたら、先ほどちょっと委員のほうからお話があったのですが、「当たり前」という話。これはおっしゃるように、なかなかくせ者で、常識とか非常識とかいう言葉で考えてみると、例えば日本の常識は世界の非常識という言い方がされる場合があって、その当たり前に生きるっていう言葉の持っている、いろいろな意味の多様性みたいなもの、曖昧な方向にいってしまう。
 逆に言うと、ちょっと今日は時間がないんですけれども、やはりわれわれの審議会の中で、今副会長が一定の原理を持ったというような言い方をされたのですが、やはりこれが当たり前と違うではないかという、先ほどいろいろな委員の方がおっしゃられたお言葉の中に、すでにそれは入っているんだと思うのですが。例えば 別の委員がおっしゃられたこともそうなんですけれども、そういうやはり「原理」といったらいいのかわかりませんが、人間としてこれが当然でしょというような、そういう考え方というのは、本当はみんなのいろいろなご体験とか、見識を踏まえて、本当は少し出せたらいいのではないかと思っていたところです。だから、外国人の立場からみてどうなのか、当たり前っていったい何なのかということが当然でてくるだろうと思います。
 今日のお話はもう少しこちらの方でもヒントにさせていただいて、今後の議論の中で少しまた考えさせていただきたいと思います。
 特に今までの議論の中で、いろいろな委員に忌憚のない意見を言っていただいたのですが、特に権利とか差別の問題に関わって、特に最後に何か言っておきたいという方は、いらっしゃいますか。
 私の個人的な体験とか経験で言いますと、やはり先ほどもちょっと言いましたけれども、権利というものを自分の問題とするというのを、われわれはほとんど考えてこなかったと思います。
 例えば、私は在日の問題をずっと勉強してきたんですけれども、やはり初めていろいろな問題に出会うと課題が重いわけです。例えば、戦争の時にはこういうのがあった、強制連行があった、植民地支配があった、そして今、在日朝鮮人のかたがわれわれの周りにいると。そして権利がかなり侵害されていると。当時のことですから、外国人登録法の問題とか、いろいろな社会保障の問題とか、入管の問題とか、かなりシビアな問題がたくさんありました。それを突きつけられますと、やはり、えっとなって、やはり最初は「そういうのはどないしたらいいのか、私の世代がやったことではないではないか」という話になってしまうわけです。
 それがどうなるかというと、そういうのに関わりたくないと言う人と、これは何とかしないといけない、われわれの責任だからと頑張る人がいる。ところがそれは実は自分の権利の問題と関わっているんだよという、そういうつなげ方は、実はほとんどできなかったという思い出がありましたけれども。
 これは経過を言うとまた長くなるんですが、やはりいろいろな在日の人と関わる中で、例えば今もおっしゃったような外国人としてどう生きるのかということを、例えば二世の人達がかなり整理されて、いろいろなお話をして下さる。自分の親の関係とか、ここでは詳しくは言えませんけれども。
 そういう中で、在日の人がいろいろな関わりの中から、そのあり方について、新しい視点とかをいろいろな形で学んでいかれるというのをみた時に、これは自分の権利の問題だというふうに考えられるようになって始めて、そういう問題と向き合うことができるという、実はそこの回路が非常に希薄なんですね、われわれに。
 だから、あくまでも他人の問題なんです。今のお話にあったように、障害者は守ってあげなければならないというようになるし、外国人に対してはそういう歴史の重さだけでしかわれわれはとらえない。それはもちろん大事なことですよ。それをわれわれが跳ね返していく時に、やはり自分の権利の問題と関わっているんだというような、そういうつなげ方というのがいるのではないか。だから励まされるというか、そういう差別を受けてきた人の体験談というのは、今言ったような回路だけではやはり、話としてはしんどい話にしかならないというふうな側面がどうしてもあるのではないかと、ここ10年ぐらいで思うようになってきました。
 それである大学で、人権問題とか、人権教育とかした時に、学生に「人権問題とは、あなたたち一人一人の問題です」と、これはかなりデフォルメして言うわけですが、例えばやはり学生は同和問題を考えることとか、障害者の問題を考えることとか、女性の問題を考えることが人権問題だと大概、思っているわけです。そこに「いや、自分のことを考えてもらうことですよ」と、もちろんいろいろな文脈があるってことは理解してもらわないといけないのですが、まず自分の問題ですと言うと、いくつかの反応があって、えっというような反応と、やはりちょっとびっくりするような反応が多いんですけれども、中に何人かやはりそうだったのかと考えてくれる学生がいました。
 先ほど副会長からもありましたけれど、権利って一体何かということをなかなかわれわれ自身が実は自覚できてないままに、人権問題・差別の問題というふうにやってきたのではないか。これはなかなか難しい問題、まさに生活の問題、文化の問題としてあるところを、われわれがどういうふうに切り返していけるのか、そういうことがやはり根底にあるのではないかと思います。

(副会長)
 最後に、それに関連しまして、前に窪委員がおっしゃったと思うのですが、教育現場でいろいろな方針とか、こういうことをやっているというのをもっと、子ども達に教えていくということと同時に、やはり小さい時から、つまりこの社会に生きて生まれてきた人間というのはどういう人だっていうことをきちんとやってほしい。残念ですけれど、日本の教育は全然やってませんね、小さい時から。ヨーロッパ等で普通にやっていると聞いてることが全然できてないから、結局、小さい時から自分がこの社会に生きているってことが、自分の幸せの中でどういうアイデンティティをもっているのかってことをほとんど教えてないですから。国策ではないかと思います、本当に。
 そういうふうなことをもっと、もし国がやらないのなら、地域ででもやっていこうというようにならないといけないと思うんですが。小さい時から市民権利教育をやるってことがすごく大事だと思います。

(会長)
 そうしましたら、この議案は今日のところはこれで終わりたいと思います。また、会議録がでますので、それも参考にしてもらいながら、次の議論につなげていっていただいたらありがたいと思います。
 それで、あと次回の開催日程等につきまして、事務局からお願いします。

(事務局)
 はい。今日もかなりハードな議論をいただいたと思っておりまして、ワーキングに参加している人もこういった議論に接する機会はほとんどなく、とまどっているかと思いますが、いよいよこれを人権行政基本方針という形にしていかないといけないということで、今日の資料のNO3につけておりますが、これもかなり構成を含めて、大幅に変えていかないといけないかなというように、みなさんのご意見を聞いていて思っています。
 こうしたことも含めて、前回の会議からの宿題になっております、現行の基本方針の評価、課題とあわせて、次の基本方針の骨子案をだす必要があるのではないかと考えております。
 ただ、今日の議論を踏まえて、どういう形になるかについては、少しお時間をいただいて、途中でまたみなさんに会議に集まっていただくということは難しいかもしれませんが、中間の段階である程度たたき台をださせていただいて、それを文章でご意見を伺うというのは、進捗状況によっては考えたいと思います。

 →次回の日程調整の説明

(日程調整の協議後、9月23日(祝日)午後6時からで了承)

 

(会長)
 それでは、次の会議は9月23日ということで、内容についてはまた相談させていただきますが、次のステップで少し事務局から文書をだしてもらって説明し、議論してもらうという流れになるわけですね。
 はい、一応これで、全部終わったわけですが、委員のほうから何か特にございませんでしょうか。

 (なし)

 そうしましたら、みなさんどうも、ありがとうございました。今日は、これで散会としたいと思います。


以上

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所属課室:人権文化部人権施策課 

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